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鈍行列車に揺られて

鈍行列車のボックスシートに乗っていたら、"カシャ、カシャ、カシャ”とキレのよい音が背後から聞こえてきました。何かと思って振り返ると、電車を愛してやまない大きな大人たちが3人ばかり運転室と車両を遮る窓にタコのように張り付き、一心不乱にカメラのシャッターを切ってました。車内はみんながちょうど座れるくらいのほどよい混み具合で、特に話す人もなくしんと静まりかえっています。その中で異様に響き渡るシャッター音。東京を出発して、鈍行を乗り継ぎ乗り継ぎ、7時間がたっていました。ようやくボックスシートで落ち着いて足を伸ばし、電車旅らしくなってきたことろです。駅に着く度に外から冷気が吹き込んできますが、足元では暖房がガンガン焚かれ、その冷たい、暖かい、のどっちもな感じと電車の揺れと周囲の不思議な音に包まれ、うつらうつらと眠りの世界へ引き込まれていきました。

大阪についたのはすっかり日もくれた夜10時。目的地近くにしていい感じの飲み屋をみつけてしまい、日本酒を一杯ひっかけることにしました。どんなものかも知らないまま、とんぺい焼きとドテ焼きを頼み、そのおいしさにびっくりしました。酔いもまわっていい気分で話し友達と話し込んでいたら店のお兄ちゃんに、「おねえちゃんたち、ムリに飲ませちゃったみたいでごめんね」と謝られました。「一杯頼んでね」っていわれたので、私たちはてっきりお酒じゃないといけないのかと思ってアルコールを頼んだのでしたが、私たちがあまりに顔を真っ赤にしていたので逆に申し訳なかったと心配してくれたようです。それはそれで良くって、ほろ酔いで店を出ました。東京を朝9時に出発してから12時間以上が経っています。夜風にあたってコンビニのアイスを食べながら、今日1日の出来事を振り返って歩きました。今日は本当に一日、鈍行列車に乗っていただけ。ただ乗って、寝て、食べてをしていただけでした。それはそれでよいよね。電車でほぼ寝ていたのに、目的地についたらまた瞼が重たくなってきました。明日のことは明日考えましょう。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 10:09 | comments(2) | trackbacks(0) |
鎌倉びより

仕事ですごく忙しいのに、どうしても会いたいからといって友達が仕事が終わった足でそのまま大阪から新幹線の最終列車に乗ってやってきました。翌日の夕方には帰らなければならず、あまり時間がなかったのですが、鎌倉にいくのが長年の夢だったといいます。「それなら、鎌倉にいこう」。夜更かしして眠い目を擦りながら、翌朝起きて、鎌倉行きの電車に乗りました。

学生時代には毎月のようにいっていた鎌倉ですが、最近は足が遠のいて半年ぶりです。こじんまりとした北鎌倉の駅のホームに降りると、東京から1時間も離れていないとは思えないほど、ゆったりした時間が流れています。今日は着物を着た女性をよく見かけました。翁と呼びたくなるような真っ白なおひげをたくわえた老爺が地面を踏みしめるようにゆっくり道を歩いていました。例年より梅の開花が遅いらしく、浄智寺の庭の梅は固くつぼみを閉じていました。雨がぱらぱら降り始め、もうすぐ3月になるというのに寒くて、ぶるっと身震いしました。

北鎌倉のホームをでてすぐのところに店が数軒並んでいて、その1つに“光泉”といういなり寿司屋さんがあります。学生時代、小津安二郎監督の映画に夢中で、よく映画が好きな友達とゆかりの場所を巡っていました。近くには小津さんが眠る円覚寺があり、このいなり寿司は彼の大好物です。いつも食べたい、食べたいと思いつつ、店を覗くと、売り切れているか、店が休みかで、ずっと食べれずにいました。今回もムリだろうなーと思いつつ、いなり寿司ありますか、と聞くと、ありますよ、という返事がありました。あまりにさらっと言われてしまい、拍子抜けしてしまいましたが、10年越しの願いが突然あっけなく叶ったのでした。店内で食べることはできないというので、どこかで食べようと一折買っていきます。寺門のベンチでさっそく広げて朝食代わりのいなり寿司。お稲荷さんとかんぴょう、キュウリののり巻、ととてもシンプルな組み合わせでしたが、とても美味しかった。


| つれづれ旅ばなし/日本編 | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
新春

新春のご挨拶もままならないまま、新年があけて早一週間が経とうとしてます。年賀はがきも書くどころか、購入すらしておらず、日本人として終わってるなあと思いながら、あれやこれやと自分に言い訳をして結局書かずじまい..。

 ところで今年の年末年始は熊本で年越しをしました。大阪で知り合った友達と現地の宿で集合です。なぜ熊本か、、というと相変わらずの適当な旅行計画で、「どこいこっか?」「うちは東京、そっちは大阪だから関東と関西じゃないところがいいなあ」「島、いきたいな」「島いいね」「じゃあ九州にしよう」「島..といえば島だね」「じゃあ九州の熊本で決まり」、という何とも意味不明な友達との会話。何はともあれ熊本にいくことは決めたのですが、年末も間近も間近で、飛行機も直行便のバスも満席でした。夜行バスでまず門司までいって電車に乗り変え、約18時間かけてようやく熊本に辿り着いたのは30日の夜でした。
 しかも久々に友達に会ったはいいものの、久々にとれた休みということでお互いやることがいっぱい。私は持参したパソコンに向かい、友達は200枚以上ある年賀状を黙々と書いていました。ここまで来て、私たちはいったい何をやっているのだろう..とたまに自分たちの姿にあきれながら、「一緒にいられるだけでいっか」とまた自分の作業に戻っていくのでした。そういえば何年か前も、別の友達と京都で年越し旅行にいって、喫茶店で私は年賀状を書いていて、その間、友達は編み物をしていました。数年経っても人間とは成長しないものです。今年の目標は”余裕のある大人になる”かな。

 そんな訳で熊本観光は翌日31日の一日だけで、その翌日元旦には福岡に戻り、昼初のバスで東京に戻るという弾丸ツアーでしたが、阿蘇にいって黒川温泉にいって、心も体もリフレッシュできました。阿蘇のあまりの雄大な光景におどろきました。日本にいながら日本にあらず。スペインで旅した巡礼の道を思い出しました。人気がなく、ただただ牛がそこら中に放牧されていて、その光景がどこまでも続いています。枯れ野原の丘陵に雪が積もっていて寒くて空気が澄んでいて、冬にいったスペインの路と余計に重なってみえたのでした。途中、藁で作った竪穴式住居跡のようなものがいくつかありました。スペインのオ・セブレイロという巡礼最後の峠のてっぺんの村にも、ケルト文化の名残を残す石と藁でできた住居跡があります。その光景に心をゆさぶられながら、熊本をあとにしました。いつか九州にすみたいな、と思ったのでした。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 00:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
開高健の本を釣る

夕方、地元の駅にいったら古書市が立っていました。今日はなんとなく魚が食べたい気分で、家の近所の店で刺身を買って帰ろうと思っていたのですが店は8時までで、すでに7時40分。「時間がない!」と、足の向きだけは帰る気満々なのですが、目が本棚から離してくれません・・。

書店で新書を買うことがほとんどない私にとって、その代わりとなるのが古本屋と古書市。見つけたら避けては通れない関所のような所で、どうしても一通り目を通さなければ気が済まないので、いけません。刺身も食べたいし、本も見たい。欲張りな私は猛スピードで書棚をチェックすることにしました。古書市は大抵出店している古書店ごとに棚を持っていて、数冊見れば店の個性が一目瞭然。ある棚を見ていたら、うちの心をくすぐるラインナップの本があっちにも、こっちにもと飛び込んできました。一冊抜き取り、裏表紙をめくるといきつけの古書店の名前が入った値札があり、思わず「ああ、ここにいらっしゃいましたか」とご挨拶したくなりました。

ここ数ヶ月、暇にかまけて古本屋に出入りし、時には一週間に7、8冊ペースで家に持ち帰るという日々を繰り返していました。読みたい本が見つかり買ったはいいものの、読むのが追いかず、徐々に本が部屋を侵食し始めました。そしてついには地震で本の雪崩が起こりました。これはまずいと、最近はひたすら読んで本を減らす作戦に。古本屋にもなるべく近寄らないように自粛していた矢先に、もうこの様です。

ところで、この週末は相模湖でキャンプにいってきました。昼からたっぷり肉を食べ、そのあと何人かで湖に小舟を出して釣りにでかけました。空は曇り空でだんだん雲行きが怪しくなってきましたが、ワカサギを釣りたい一心で糸を垂らします。ぴくりともしないうちに小雨が降り出してきました。遠くを見渡すと水面から立ち上るように霧がでてきていました。湖を取り囲む木々は鬱蒼としていてアマゾネス流域の川に迷い込んだようです。ブラックバス釣りをする舟が周りに何艘かいたのですが、すっかり霧の奥に消えてしまいました。そんな中でもどうしてもワカサギを釣って帰りたい私たちは静かに獲物を狙います。すっかり日が落ち、暗くなってきて、もうそろそろ戻ろうかと言ったところでビクンと釣り竿の先が動きました。残念なことにこの魚はのがしてしまったのですが、「糸が絡まった」と糸を巻き取っていた仲間の釣り竿の先になんと2匹のワカサギがかっていました。0尾のはずが2尾と予想外の釣果に嬉々として暗い湖の中を岸へと戻っていきました。10人で直径5センチと3センチほどのワカサギ2尾を仲良く分けました。

そんな訳で今日はやたらと釣りの本が目につきました。ヘミングウェイの本、フライフィッシング。そんな中、開高健の「コレクション」という本をみつけました。釣りをこよなく愛した開高健、そして豪快に魚を食らう開高健の豪快な笑い声が週末にみた静かな海に響くようでした。
美味しい刺身を食べたあとは、開高健の本をじっくり味わうことにします。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 22:41 | comments(2) | trackbacks(0) |
赤そばの花 〜長野ふたたび〜

夏に訪れた長野も季節は変わってすっかり秋になっていました。稲刈りが終わった田んぼを眺めながら車で走っていると「赤そばの里」の看板を見つけ少しより道です。うっそうとした森を抜けると、一面真っ赤なそば畑が広がっていました。栃木で見かけた白いそばの花とはまた印象が違っていて、でもやはり素朴で可憐。ヒマラヤ原産種で、入り口に並んでいた即席そば屋は全て完売と書かれていました。“赤いそば”がでてくるのかとにやにや想像しながら花畑を歩き回りました。家の庭に赤白のそば畑がきれいだし、美味しいのになーと思います。その前に庭のある家が必要です。

| つれづれ旅ばなし/日本編 | 10:50 | comments(2) | trackbacks(0) |
ジャマイカンカフェ「i&i」〜栃木・鹿沼ツアー〜

栃木・鹿沼に友達夫婦がカフェを始めたので、開店祝いで仲間たちと行ってきました。2ヶ月前にいったときはまだ準備中で、テーブルを運び入れたり一緒にポストを作ったりして、どんなお店になるのか想像がつかなかったのですが、行ってみてびっくり、すっかりお店らしくなっていました。テーブルや椅子が揃ったというのもあるけど、本格的に2人が暮らし始めて、土地に馴染んでいるというのが大きい。家もお店も人がいてこそ家らしく、店らしくなるのだなとつくづく感じました。

お店はカリブ海に浮かぶジャマイカで特別な言葉として使われる、“私とあなた”、そして“私たち”という意味を込めた「i&i Cafe」。店にやってきた人と人とがつながってまた新たなつながりが生まれることを願ってこの名が付けられています。2人にぴったりのネーミングだなと思ってしまいました。お店では、東京のカフェのキッチンで長年働いていたヨウくんが自然の美味しさがいっぱいつまった「アイタル(バイタル)フード」をだしています。ランチメニューは3つありますが、「アイタルシチュー」はこれを目指してくる人がいるほどすでに店の看板メニューとして定着しているようです。

この日はパーティーというのでいつもとは違った特別メニューでしたが、準備している段階から黄色や緑の野菜が目に飛び込んできて、見ているうちからよだれがでそうです。まだ準備が整っていないというので、鹿沼の街を散策して待つことにしました。

スリランカからやってきた磨崖仏に会いにいったり、別の友達の店を冷やかしにいったり、タイムスリップしたような昔ながらの床屋で友達の散髪を眺めたり、のどかです。でも、その間もお腹がくーくーなって仕方がありませんでした。1時間ほどの散策ツアーを終えて、またしばらく待って(笑)、いよいよ料理が整いました。


お豆ぎっしりのスパイスが利いたサラダ、タコが入っていて美味しい。そしてゆりえちゃんが一生懸命フォークで型を作っていたカレー風味のパイ。意外に口当たりが軽くサクッと口の中で崩れます。


かぼちゃとニンジンのサラダ。ニンジンも甘くて美味しい。


奥はローズマリーで香り付けしたポテト。どれも美味しすぎてなんどもおかわりしていました。ほかにもアスパラガスの冷製スープやジャークチキンならぬジャークフィッシュ..。喋って飲んで食べているうちに気がついたら日も暮れていました。


デザートは豪勢に2つ。この日来られなかった友達のまーちゃんがサプライズで作ってくれた栗が入ったココアケーキ。ココナッツの飾り付けがなんだか大人でした。もひとつはお店で出している「グレープフルーツのタルト」。

いやー、よく食べた一日。でもこのあとも友達のお店「パナマ・デ・カナル」でカレーを食しにいきました。一気に7人+チビで押し掛けたので、店を一人で切り盛りする、のぶりんはてんてこ舞いになりながら、それでも「大丈夫ですっ!」と満面笑みで迎え入れてくれました。隣に居合わせたお客さんがゆりえちゃんをみて、「いつからヨガ始まりますか?」と訊ねてきました。自分たちで作った店のオリジナル「i&i Tシャツ」を着ていたので、歩く広告塔になっていたようです。その方は何度かお店に来てくれていて、ヨガクラスを始めるとお知らせを見たけれど、どうなったのかと。開店のバタバタで彼女もてんてこ舞いで、なかなか始められていなかったのですが、「もう洋服も買って準備しています」という生徒の熱い期待に答え、「今月には始めます!」と先生は勢いで宣言してました。なんだかお客さんとお店の人がこんなところで出合える町のこじんまりさがいいなと思ってしまいました。その夜は、また「i&i」に戻って飲み語らい、長い長い夜となりました。

i&i Cafe(アイアンドアイ カフェ)
栃木県鹿沼市天神町1724-16 水休み
11:30〜20:00 

Canal de Panama(カナル デ パナマ)
栃木県鹿沼市天神町1853 水、第1,3火休み
7:00〜9:00 11:30〜20:00
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 12:49 | comments(3) | trackbacks(0) |
山に流れる秋時間 〜栃木・鹿沼ツアー〜

「あそこだけなんか違う時間が流れてるから、ぜひ行ってみてほしい」と友達に勧められたカフェがありました。栃木県の鹿沼から車で30分ほどいった日光市にあたる場所で、さほど街と標高差がある訳でもないのにその辺りにいくと車窓から吹き込んでくる風がぐんと冷えこみました。道は平らな一本道で隣に日光線が並走しています。白い花をつけた花畑を見かけ、初めはなんだろうと思っていましたが、土地柄から考えるとソバの花のようです。素朴で控えめな野花のような花。気づけば右も左もソバ畑が広がっていました。途中からは線路の代わりに川が流れていました。ちらりと見えた川の水があまりに青かったので車を止めて川を見下ろしました。鮎なのか、魚が動き回っているのが崖の上からでも見えました。川釣りをしているおっちゃんを2人ほど見かけましたが、これだけ見えてしまうとお互い身の隠しようがないので釣りやすいのか、釣りにくいのか、、そこは腕の見せ所です。

その川のある道からちょっと逸れた道を上ったところに「清流園 山小屋カフェ」はありました。栃木百名山に数えられる笹目倉山という山の入り口で、周囲は山に抱かれていてとても静かな場所です。駐車場から坂をトコトコ登っていくと私たちに気がついて店主のヒデさんが玄関先までやってきて出迎えてくれました。旧来の友達を迎え入れるような穏やかな笑顔に、一緒にきた友達は2人して「また来ます!」と。「まだ来たばっかりでしょ」と突っ込むと「ああ、そうだった」といいながら、そういいたくなるのもわかるなと妙に納得。この場所と景色と彼の人柄がとてもあっているのです。
バナナジュースとボンゴレを注文して、裏の山を散策に出掛けました。道はぬかるんだところがあって歩くと足跡がくっきりとつきました。草むらを分け入り登っていくうちに太陽がさんさんと降り注いできます。セーターを着ていて、その上からダウンも着ていたので防寒対策ばっちりでしたが登っていくうちに暑くなって脱ぎました。この強い太陽の日差しと草の生い茂り感といい、なんだかネパールの山奥にやってきたようです。登った所にはおじいさんが山から自力で水を引いて作ったという滝がありました。彼の名前をとって「久次滝」と呼ばれるようになったそうな。その時の御年88歳。力強い文字で書かれた案内の看板を見て恐れ入りました、と頭が下がる思いでした。

ほんとうは昨日、仲間たちと来てここに泊めてもらう予定でした。でも先週の台風で山が崩れ、泊めてもらうどころか店の営業すら危うい状況となってしまいました。家の中はなんとか被害を免れたそうですが、玄関先まで土砂が流れてきたそうです。東北支援のために結成したボランティアチームが20人近く手伝いにきてくれました。「もう店できないなって思っていたんだけど、前よりきれいになっちゃって」とヒデさんは再開できる喜びをひしひしと噛み締めている様子でした。今日はめでたく、その再開1日目でした。あまりに外が気持ちいいので、山から戻ってきてもそのまま玄関先の椅子でお茶することにしました。このあたりは湧き水が流れていたのですが、その配管も土砂に埋まって絶望的だったといいます。でも思いがけずまったく違う場所から見つかり、その“奇跡の1杯”を汲んでもってきてくれました。そして白い器で飲むバナナジュースもまたおいしい。お土産にもっていった梨と、プラスで葡萄まで出してもらい、秋の山を見ながら、秋の味覚を楽しみました。遠くで鳶が気持ち良さそうに旋回していました。坂を上ってきた分、川からかなり遠ざかっていますがここからでも随分と川のせせらぎが聞こえてきます。川があんなに透明できれいなのは、台風が来て全部をさらっていってしまったからなのだと言います。また少しすれば元の川に戻ってしまいます。荒々しい台風が去ったあとの一瞬の美しい瞬間に出会え、ずいぶんいい時に居合わせてしまったのだなと思いました。自然が元通りになるのはとても時間がかかることなのだけど、自然にまかせてゆっくり気長に待ちましょう。

清流園 山小屋cafe
栃木県日光市南小来川2-1
12:00〜20:00 不定休
☎0288-63-3260
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
土門の眼 〜信濃でうつうつと〜

友達のフェイスブックで松本市立美術館で土門拳の写真展「土門拳の昭和」(〜9/4)が行われていることを知りました。長野に来ていたので少し足を延ばして行ってみました。松本は去年の同じ時期に訪れて以来なので一年ぶりでした。
写真展は初期の対外用に日本を撮影した作品から戦後を逞しく生きる子どもたちを撮ったスナップ、文楽、「古寺巡礼」シリーズと彼の生涯を辿っていきます。

報道写真の鬼、スナップの名手と言われた土門の、人間を見つめる鋭いまなざし、本質をえぐり出すような力強さがどの作品からも伝わってきます。その迫力は見るものの襟を正さてしまうような緊張感さえ与えます。とりわけ室生寺のシリーズには心を奪われました。その最たるものは彌勒堂の釈迦如来座像。自分の背丈より大きく引き延ばされたモノクロの画面いっぱいに如来像の足裏が写っていました。木目の一本一本までが人間の皺のように刻まれているのが見て取れます。本来なら命が宿るはずのないものに色気を感じ、作品を前にしばらく動くことができませんでした。足にまとわりつく裳裾がまたいやに艶かしい。

「写真は肉眼を越える」という言葉を土門は残しています。実物以上の実物を見せつけた彼の作品を前に、自分が室生寺でこの釈迦如来を前にして、今以上の感情が沸き上がるのかと不安にさえ駆られました。写真が写し取るのは目の前にある事実でしかないのに、それ以上のものを訴えかけてくることがあります。それが「写真」のすごさです。

土門が終戦から12年経って初めて広島に降り立ち、被爆に苦しむ人々を克明に記録した「ヒロシマ」シリーズがありました。その時に寄せた文に、「ヒロシマを忘れていたというより、実は何も知らなかったのだ」と書いています。年月が流れても苦しみは消える訳ではなく、むしろ当時より被爆者の心と体に痛ましい傷となって爪痕を残します。彼はその現実を自分の目で見てようやく現実を知りました。そして狼狽します。以後、写真を通してその現実に対峙していこうとするのでした。

今回の写真展のタイトルには、「今、平和への祈りを込めて」という副題がついていました。震災があったから今だからこそ、この言葉が心に迫ってきます。とはいえ、5ヶ月経った今もまだ事実にちゃんと向き合えていない自分がいるのも確かでした。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 10:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
山の音、夜列車の灯り 〜信濃でうつうつと〜

思い立って、長野のおばあちゃんの家に来てしまいました。駅で5枚綴りの青春18切符を買って、9月10日までに使い切れるかなんてことも考えずに電車に飛び乗っていました。本数冊とノートと、鉛筆と着替えと、そしてなぜか水着をリュックに詰め込んで。お昼に家でそうめんを食べてそれから出たので、ついたのは夜9時近くでした。無人駅で降り立ったのは私以外誰もいません。真っ暗な畦道を歩いて天竜川を渡って、小さな集落の真ん中あたりにあるおばあちゃんの家にたどり着きました。山には山気が立ちこめています。おばあちゃんはすでに亡くなっているので今は誰も住んでいません。なので電気も水道も通っていません。鍵を開け、真っ暗な二階にあがっていきます。何も見えないので何もできませんが、風だけは通したいと思って2階の窓という窓を開けました。夜の冷たい風が家を通り抜けました。

翌朝、寒くて目が覚めました。東京は暑くてそれに耐えきれず飛び出してきたので、半袖しか持っていませんでした。掛け布団には得体の知れない虫がいそうなので敷き布団しかしいていませんでした。震えながらシーツに包まりました。
電気がないので一日の動ける時間は限られています。しとしと雨が降ったり止んだりで、いつも以上に暗くなるのが早い。最近は家で去年行ったスペイン巡礼の旅の記録をまとめていたのですが集中力がなくて参っていました。ここで一段落するまで粘ることにしました。帰る日は未定。長野らしいことは何もしない、長野らしいものは何も食べない毎日になりそうです。

お風呂だけは近くの小さな山のてっぺんに宿があって、そこで日帰り入浴ができます。その側に公共の温泉施設もあります。日替わりで温泉三昧。日のある時間は家で過ごし、暗くなる前に山に出かけ、裏のため池を眺めながら露天風呂に浸かります。極楽、極楽。温泉があれば何もいらないと思ってしまいました。宿の喫茶室には「パンケーキ+コーヒーで500円」という朝食のようなメニューしかないのでそれを食べて空腹をしのぎました。

夜風にあたりながらまた登ってきた山道を下りていきます。一時間に一本しか走っていない2両列車がやってくる音がここまで聞こえてきます。山に囲まれているので列車の窓から漏れる明かりがよく見えます。段々斜面になっていく線路を進む様子は、まるで「銀河鉄道の夜」の世界を見ているようです。友達とひさびさに長電話をしました。その余韻に浸りながら、また静かな家に帰るのでした。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
蜃気楼の氷見
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氷見から二つ手前に「雨晴」という駅がありました。雨が晴れると書いて「あまはらし」と読むそうです。義経が奥州へ落ちのびる途中でにわか雨にあい、雨宿りをしたという雨晴岩が海沿いにありますが、そのほかは薄青色の海が広がるだけの何にもないところです。千葉でキャンプを終えた翌々日には富山経由で大阪に向かいました。夜行バスで早朝、富山について一日時間があったので、マス寿司を買って氷見線に乗り込みました。日本海沿いを走るちょっと電車好きには人気の路線です。電車の本数は1,2時間に一本と少ないのですが、海沿いを走る一両列車にのって海岸を見たら思わず途中下車したくなってしまいました。晴れていれば富山湾の向こうに立山連峰が見渡せるといいます。今日は晴れてはいるけど霞がかっていて見えないなと思っていたら、時間が経つにつれ徐々に霞が消え、うっすら山陰がみえてきました。氷見といえば蜃気楼があらわれる場所でもあります。対岸の景色が虚像となってみえる時期が年に数回訪れるそうで、どことなく旅情が掻き立てられます。昔、日本海で地球の裏側の景色が見えるという噂がありました。地球の裏側というとブラジルでしょうか。ぼんやり眺めていたら、なんだかその噂、嘘でもないような気がしてきました。

まだ朝の9時前だというのに日は高く、日陰がひとつとしてなく日差しがきついです。日本海では珍しい遠浅の海岸で歩くとじゃりじゃりと貝殻が音を立てました。小舟が出ていて、おじいさんが素潜りしては貝かを舟に投げ入れているのがみえます。浜辺では背中一面に入れ墨をいれた兄ちゃんが泳いでいました。その近くを歩いていたら、「こんにちは」と声をかけられました。案外やさしいのね、と思いました。海岸沿いをお散歩するおじいさんと日傘が似合っています。日本海は意外にもおだやかでした。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 09:06 | comments(2) | trackbacks(0) |
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