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唐桑御殿をたずねた 〜気仙沼・唐桑夏祭りの旅③

宮城・七ケ浜で今回の夏祭りにも出演するハンサム判治さんと合流。ウクレレを持って自転車で東北を一週間に渡って周り、歌を届けるこちらもパワフルなお方。ゲストとして呼ばれていながら、祭りを盛り上げ、率先して地元の人達と交流を図る姿はすごく見習うべきことが多かったです。

彼がフェイスブックにあげていた言葉。彼の人となりがこの言葉に現れています。

「何のためにその土地にきたのか」。
それだけは絶対忘れちゃイカンと思う。

自分の唄を唄うだけじゃダメなんよ。
料理を作るだけじゃダメなんよ。
ワシがココに来る一番の理由はワシにしか出来ん祭りを届けたいから。
だでステージ以外でも自分にしか出来んことが見つかればやってみるのがココに来る礼儀だと思っとる。
もちろん子供たちと盆踊りだって踊っちゃうぜ(笑)



祭りを終え、ぐっすり寝た翌朝は地元に移り住んで「拓」という復興支援プロジェクトを立ち上げて活動を行っているメンバーに会いにいきました。昨日の大沢の祭りを取りまとめ、唐桑の復興情報誌「けっから」を発行したりしている唐桑にとっては心強い若者たちです。地元のラジオ番組に電話出演し、昨日のお祭りの報告を行うことになっていたのですが、特別ゲストとしてyou-sukeくんと判治さんも出演することになりました。最後には「じいちゃんの海」が流れ、隣のパソコンから流れてくるラジオにみんなで張り付いてきいていました。

そのあと、鮪立に戻って、地元のお母さんに唐桑御殿を見せてもらいました。唐桑御殿とは遠洋のマグロ船が盛んだった昭和30、40年代に、地元の漁師たちが競って立てた家で噂には聞いていたけど、その大きさにびっくり。秘密の扉をあけるとそこは屋根裏部屋に繋がっていて、思わず忍者屋敷にきたように興奮してしまいました。津波がくるまでは周りにも同じように立派な御殿が建っていたそうです。でも津波で流されたり、土台が動いてしまってほとんどは取り壊して家は残っていません。この家も三階まで水が浸水したのですが、土台がしっかりしていたため学生ボランティアが協力しここまでなんとか修復したそうです。中は大工さんが床や壁を張り替え、檜のいい香りがしていました。今後は唐桑を訪れた人が使える場所、また地元の人の働く場として「つなかん」の名称でどんどん活用していってほしい、と言っていました。私たちが今度唐桑を訪れた時も「50人は泊まれるから、使っていいわよー」とすごくオープンです。


ガレキの中から探し出された食器の数々。これでもまだ三分の1に満たないそう。

「食器はこれだけあるし、ちょっと海いけばいくらでもホタテはあるし食べ物はいくらでもあるから」。そんな元気いっぱい、そしてお美しいお母さんは津波がくるまでこの家に住んでいました。「この台所で料理して子どもたちを
育ててきたんだよ」。台所からは海が見渡せ、ここがあれば何もいらないというくらい幸せな場所なのだそうです。

今度来たときにはみんなでここに来たいなと思いました。そして唐桑のことをもっともっと知っていけたらいいな。そうそう、こないだ一緒に飲んだくれてよっぱらい同盟を組んだおじちゃんが私が唐桑言葉教えてほしいと言ったのを覚えててくれて、新たな唐桑言葉を教えてくれました。一緒に写真を撮ったときに言った言葉、「おしょすい」。最初、うちをからかっていっているのかと思いましたが、「おしょすい」は「恥ずかしい」と言う意味らしい。「は〜、おしょすい」。これは浸透するのに少し時間がかかりそうです。

ひとまず今回の唐桑旅の報告。支援のあり方、今後の自分の活動などいろいろ考えさせられる旅となりました。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 16:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
みなとの灯り 〜気仙沼・唐桑夏祭りの旅②

唐桑の鮪立に向かって南三陸町から海沿いを車で走っていると、沿道に家族連れやジョギングしている人をたくさん見かけました。歩いていても何もなさそうだけど、彼らはいったいどこに向かって歩いているのだろう。地元ならではのお盆の風習でもあるのかと思っていたら、前から走ってくる人がいます。隣に座っていた仲間が車の窓を開けて、「寛平さん、がんばってー」と声援を送りました。間寛平さんが被災地の3県、440キロの道のりを9日間かけて走る「みちのくマラソン」の真っ最中でした。長い長い道のりをひたすら走る姿、ただ走っているといったらそれまでだけど、その姿に勇気づけられる地元の人もいるし、いろんな想いをのせて走っているのだと思うと、胸にこみあげてくるものがありました。


唐桑の見慣れた景色がみえてくると、また帰ってきたな、とすごくうれしい気持ちになります。こないだ来たときは桜が満開だった鮪立もいま緑一色。緑がすごく優しい色合いをしていました。漁火パークで炊き出しのときからお世話になっている地元のおばちゃん、あやこさんに再会。いつもと違うメンバーの中に混じっていたので「あれっ?」と驚いた様子でしたが、また会えたことを喜んでくれました。海沿いにいくとすでに夜の「みなとの灯り」祭りのために準備が進んでいます。こないだカツオの一本釣りの技を披露してくれたおじちゃんの姿もあって、「おう、来たか!」と笑顔で迎えてくれました。他の漁師さんたちに「おれの彼女」と紹介してて、おちゃめでかわいい。鮪立は背後に早馬山を抱え、小さな湾を囲むようにしてできた町です。津波が来るまでは唐桑御殿と呼ばれる立派な家々が建っていました。今回のお祭りのメイン会場はそのかつて唐桑御殿がたっていた場所に残っているコンクリートの土台にテントを張ってつくっていました。山から海までの道にペットボトルで作ったキャンドルホルダーが並べられ、町全体を灯りで灯します。

去年の祭りの写真に見入るおじちゃん。


唐桑の大漁旗。


夕暮れどきに始まったyou-sukeくんのライブ。徐々に日が落ち、終わるころにはすっかり真っ暗でした。彼が最後に演奏した「じいちゃんの海」は、この目の前にある海が舞台です。震災直後、家で採れた野菜を持って唐桑の避難所に向かい、ガレキに埋もれていた食器などを洗うといったボランティア活動をしました。夜には避難所で歌を披露。その時にオリジナル曲「ばあちゃんの畑」を歌ったところ、「『ばあちゃんの畑』があるなら『じいちゃんの海』も」とリクエストされたそうです。海が身近な環境で育った訳でもなく歌を作るのに苦心したそうですが、唐桑に赴くなかで、漁師と数日を共にし生まれたのがこの歌。歌につられるように地元の人達が徐々に集まってきて歌声に聞き入っていました。家での仕事があってこられなかった人もいましたが、歌は鮪立中に響き渡っていたようで、台所で聞きながら涙が流れた、とあとでおばちゃんが話していました。地元ではすっかり知られた彼ですが、人懐っこい彼やそれをサポートする仲間たちと地元の人達のつながりがすごくよいなと思いました。ライブの終了とともに手づくりの灯籠に灯りが灯されました。
ボランティアの学生さんたちもたくさん関わって作ったという灯籠が壁に並べられ、「絆しびたち みなとの灯」という文字が灯りました。海に向かって黙祷を捧げました。

去年は白一色だったという灯籠ですが、今年はピンクや緑と色とりどり。灯籠を覆うカバーには子供たちが描いた絵や文字が浮かび上がります。大漁旗もたくさん揚げられ、心地よい風にそよいでいました。「今年はこんな風に色があってもいいかなって」。地元の人の心にも少しずつ希望の灯りが灯ってきているようです。


鮪立のライブのあとは車で20分ほど離れた大沢地区の夏祭りに移動。こちらでもyou-sukeくんが歌を披露。鮪立の祭りとはまた違った太鼓の演奏や盆踊りがあったりとにぎやかなお祭りでした。


花見フェスでも唄ってくれた民謡歌手の綾華ちゃん。唐桑を唄った「望郷唐桑半島」を唄います。


東北の七夕は一ヶ月遅いようで、復興の願いを込めた七夕カーが子どもたちに引っ張られて運行しました。

花火も最初は一本一本手渡され、楽しんだあとはロケット花火。そして最後は打ち上げ花火が何発もあがりました。すごくきれいで、また周りで沸き起こる子どもたちの歓声がすごくうれしそうで、耳に残っています。

③へつづく
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 15:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
いってきます 〜気仙沼・唐桑夏祭りの旅①

唐桑の夏祭りにいってきました。
一緒に行ったのは4月に気仙沼・唐桑で行ったお花見&ライブ「&フェスタvol.3 花見フェス」がご縁で知り合ったYOU-SUKEくんと彼の歌「じいちゃんの海」プロジェクトのために結成されたバンドメンバーの仲間たち。
前回、花見会場で歌う姿は一方的に見ていたものの、ちゃんと話もできないままだったのでほぼはじめまして状態で集合場所のYOU-SUKEくん宅に深夜1時すぎ、おじゃましたのでした。

YOU-SUKEくんはシンガーソングライターである一方、地元埼玉の本庄で農園をやってハート形のミニトマト「ハートベリー」の生産者でもあります。いまの時期は茄子が旬。収穫に追われながら、その合間を縫って東北の被災地でのライブ活動を行っているというから、その忙しさは半端じゃありません。しかも他のバンドメンバーは地元の仲間かと思いきや神奈川や埼玉でも車で30分という場所からやってきています。バンドメンバーが集まるのを待って、深夜の東北道を北上しました。

東北道は去年以来、何度も通った道。毎回福島のあたりを通る度に車窓からの風景の美しさに目を奪われ、それとともに原発事故というどうしようもない現実を突きつけられ、切なくなります。福島という土地柄なのか、ただタイミング的なことなのかわかりませんが、福島に入るとたいがい朝もやで覆われていて、それがとても幻想的です。ちょうどいまは膝丈くらいまで伸びた稲が田んぼを覆って緑の絨毯を作っていました。

空が明るみはじめたころ、福島の松島インターで高速を降り、宮城県の七ケ浜に向かいました。浜辺に行くとおじさんが釣り糸を垂らしていました。イシモチやカレイが釣れるそうです。浜辺沿いには松林があって、その林の小道をサーフボードを抱えたサーファーが歩いていきます。目の前にある海はとてもおだやかなのに、そこから四キロちかく続く平地は根こそぎ家々が流されコンクリートの土台しか残っていません。当時は生々しく残っていただろうその場所に今はガマや月見草などが自生し、草野原となっていました。


少しいったところに仮設住宅と並んでラーメン屋や八百屋など七軒の店を構える「七の市」という商店が作られていています。ここで合流することになっていたウクレレ大使・ハンサム判治さんに会いました。100リットル以上ありそうなビックサイズのバックパックに、小さな折りたたみ自転車。彼は南三陸から一週間、ウクレレを持って東北の旅をしていて、道中被災地に歌を届けています。
外で喋っていると、この数日、ハンサムさんが桂島の炊き出しで寝食を共にしてきたという仲間も起きてきました。ヒップホップやレゲエの仲間たちで結成された救援・支援活動を行うBOND&JUSTICEという団体の代表を務める大土さん、そして出会って5時間で意気投合し同居をはじめたというヤスさん。朝6時、しかも寝起きだというのに彼らはテンション全開で、これまでの活動や思いを聞かせてくれました。大土さんは南相馬の出身で被災者という立場でありながら、自ら仲間たちに支援を呼びかけ、震災が起きた1ヶ月後には150トンの物資を現地に届けたという強者。あまりの規模の大きさ、そして行動力に驚かされますが、彼の話をきいていると考え方にすごく芯が通っていて、だからこそ彼に託せばやってくれるのではないかと多くの人が彼に物資を託したんだろうなと思いました。

「起こったことは最悪だけど、出会ったことは最高」

起こった事実をちゃんと受け止め、それをプラスにかえていくのが彼らのすごいところです。私たちには想像もつかないような苦難を経てきているというのに、それを笑いを交えてこうして話してくれている。見た目で判断されることもあって、「南相馬に自衛隊より先に物資を運んだストリートギャング」なんて新聞で紹介されたこともあったそうですが、「ギャングでなくギャグだよな」とどこまでも飛び抜けて前向きで明るい。一緒に活動をしているヤスさんが、震災が起きて肩書きではなく、社会ありきではなく、人間と人間とが温度あるつながりでつながれるようになった、と言っていました。これまでに各地の被災地で出してきた炊き出しの数は2万食以上に上るといいます。あと250食で3万食!電気もなにもないとところで寝泊まりし、そんな中で音楽とごはんはすごい力を発揮するのだと彼らは信じて疑いません。周りからどう見られようと、やることはやる。彼らのゆらぎない信念がここまで活動を大きくさせて、そしていまも継続している原動力です。人間の本質がこういう時に試されるのだと思いました。

震災から一年半近くが経って状況がよくなっているのかと思いきや、がむしゃらにやってきた人達も疲れがたまってくる時期。震災直後よりこの時期、自殺者が増えていると言います。こないだ地元の人達を引き連れ沖縄旅行にいってきたそうです。1年以上経った今、なにか目標がないと気力がもたない。来年もがんばっぺといえるメンタルを作るために、津波で流された思いがいっぱいあるからこそ新しい思い出をつくるために行ってきたと言います。
一難去ってまた一難。終わりの見えない闘いがこれからも続きます。まだまだ話を聞いていたかったのですが、先を急がなければいけないので彼らに見送られながら七ケ浜をあとにしました。

「いってきます」

この場所に帰ってくるよ、という思いを込めて、東北を去るときにはこの言葉を言ってほしいと彼らに託されました。

②へつづく
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 01:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
ureとyoyottoとなかまたち+1日お店番

「&フェスタ」でハンドマッサージをやってくれた“Ure”と仲良しの“yoyotto”、そしてそのなかまたちが高円寺のカフェ「ぽれやぁれ」に集まって、2週間という期間限定でお店を切り盛りします。
いつものぽれやぁれもいいけど、いつもとちがうぽれやぁれもいい。きっと楽しい2週間になるはずです。

詳細はぽれやぁれブログをご覧下さい。

おとといはureちゃんとyoyottoちゃんと打ち合わせして、その後、マスターのあびこ氏にコーヒーの淹れ方を伝授していただきました。ご近所さんへ挨拶回りも済ませ、いよいよ乗っ取り計画も終盤(!?)。いやいやマスターがミャンマーにコーヒー豆の買い付けにいっている間、しっかりとお留守番しています。

私もときたま店番、そして6月14日(木)は1日店長デーです。

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6月14日(木)10:00〜24:00
【1日店長の日】
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雨の降る平日の午後、窓の外をぼーっと眺めながら店長はひとり、つぶやきました。「お客さん、こないなぁ」。ひとまず自分のためにおいしいコーヒーを淹れます。そしてお気に入りの音楽をかけました。カラン、コロン。「やぁやぁ井上さん、今日はあいにくの雨ですね」「そうですね。でもたまにはこういう天気もいいものですね」。3時すぎに一人目のお客さんがやってきました。注文はコーヒー一杯。ぽこぽことお湯の蒸気があがります。ようやく一日店長のお仕事がはじまりました。
・・とこんな感じでしょうか。

メニュー:只今考え中ですが、スイーツは、とってもおいしいお菓子をいつも作ってくれる、まーちゃんが担当。いまから楽しみです。
その他 :朝10:00〜12:00は八ノ花メンバーが集まって、お花の勉強会。6月の雨季にちなんでパラソルアレンジをつくります。見ているだけでも楽しいので、お時間ある方は茶飲みがてら覗きにきてください。


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【八の花市】
6月13日(水)〜16日(土)までの4日間
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花遊びを楽しむ仲間たち「八ノ花」のメンバーと一緒に、ぽれやぁれに出張花屋を企てています。
期間中は店頭でミニブーケ、鉢物などを販売。

↓↓↓↓↓↓
【フラワーレッスン:ハランの器に花をいけてみよう】

6月13日(水)、14日(木)の両日19:00〜
参加費1,000円(当日参加も可)

ハラン(バナナのような大きな葉っぱ)で器を作り、オアシスに旬のお花をいけていきます。
※お花は当日朝に市場で仕入れてくるので、そのときまでお楽しみ(写真はイメージ)。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
気仙沼・唐桑花見フェス 花のワークショップ報告③      〜&フェスタvol.3 唐桑の大きな桜の木の下で〜

地元のおっちゃんたちに注がれるまま紙コップに並々、日本酒を注がれ、それを2杯も飲んでしまった私は、昼間っからすでに酔っぱらい。気づけば顔が真っ赤で、見る人見る人に笑われていました。これから花のワークショップを始めると言うのに、すでに足元がおぼつきません。

でも、&フェスタでも手芸部として活躍した、春香氏、みゆき氏、そしてチェイミー、中ちゃんが優秀な助手として動き回っていて、すでに参加者を募り、場所も室内に移動し、材料も手配済み。私は”酔っぱらいせんせ〜、こっちー”という声に呼ばれて向かえばいいだけになっていました。

20人近い受講生を前に少々緊張しながら、花の挿し方ときれいに見せるコツを説明して、あとは挿して下さい、と説明は手短に。それが終わると、みんなスゴい集中力で花を生け始めていました。

「先生これどうですか?」
「こっちもみてください」

あっちこっちから酔っぱらい先生は、お呼出を受け、少々照れくさい。多分誰も気づいていないと思いますが、真っ赤な顔が余計に赤くなっていました。脇に挿す花を最初にちゃんと人数分にわけていなかったので、早く始めた人はこれ以上入らないというほど詰め込んで、あとの人はあまり材料がないというハプニングもありましたが、「無ければないでいいのよ」とあまり気にしていません。外は桜が満開で、水仙が乱れ、もう花は十分かな、なんて思っていましたが、またこちらの花は別物のよう。花を生けている顔がすごくうれしそうで、見ているこっちもすごく幸せな気分になりました。


出来あがった花をくっつけると、大きなフラワーケーキが出来上がり。わ〜、という歓声があがりました。こんなきれいなものが作れてうれしい、と喜んでくれました。みんな初めてだというのにお上手。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 13:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
気仙沼・唐桑花見フェス 報告②               〜&フェスタvol.3 唐桑の大きな桜の木の下で〜

気仙沼から帰ってきてからすごくうれしかったのが、一緒に訪れた人達がいろんな感想を寄せてくれたことでした。
その誰もが、唐桑に行けて本当に良かったと言います。いくら言葉で説明しても伝わらないことがあるけど、それが一瞬で伝わった感じ。こつこつ小さなアイスピックで削っていた氷が一気に溶け、メンバーの想いが一つになったような気がしました。現地にいってはじめてわかることがたくさんあります。映像で見ていても、その場所に立たないとわからないことがあります。顔を見て話をしてみないわからないことがあります。

東北に初めていったけど、東北が大好きになりました、と一期jamのブログに書いてありました。
ある友達はこれからの目標が決まった、と言います。一緒に言った友達は、いまさらだけど自分が何も震災のことについて知らなかった、ということに気づいたと話してくれました。ゴールデンウィークだというのをいいことにこの連休は引きこもって、震災について調べ尽くせるだけ調べ尽くし、映像を浴びれるだけ浴びて見たい、と言っていました。これから残された人生をどう生きようか、本気で考え始めているようです。震災から1年以上経っていますが、彼にとっては今回の花見の日が、人生を変える大きな1日だったようです。

関わった仲間たちがブログやHPで花見レポートを載せてくれているので、出来る限り紹介していきたいと思います。

【you-suke】
ブログ:you-suke

今回の花見を聞きつけ、参加を申し出てくれたシンガーソングライターのyou-sukeくん。「じいちゃんの海」という歌を応援ソングとして作り、気仙沼を初め各地を回って歌で被災地の人々を応援しています。「じいちゃんの海」は私たちも知っている鮪立のおじちゃんがモデルで、ばっちり歌も覚えていったのでみんなで合唱し大盛り上がりしました。

【バセルバジョン】
ブログ:バセルバジョンの音返し

演歌で地元のおじちゃんの心を鷲掴みにした、カホン、さんちゃん。


花咲かちびっ子とバセルバジョン。


「こんな洒落た音楽聞かせてもらって」とみんなうれしそうに聴いていました。


【一期JAM】
ブログ:一期JAM

東北女子2人が先陣切ってジャンベをたたき出します。いつ見てもパワフルな演奏とはじける笑顔がすてきです。


真っ赤なリボンがトレードマークのあやこさんも、思わずジャンベをたたき出す。


力強い演奏の一期JAM,男性陣。

【toi】
ブログ:toi memo


革細工のいつもかわいい小物を作ってくれる、ものづくり屋のtoiちゃんはみんなの似顔絵を描きました。「俺も、俺も」と行列ができていました。


唐桑の看板娘、あやこさん!


つやつやお肌の鈴木さん。


木みたい、という村上さん。


海のような目をした、ひろゆきくん。


私とよっぱらい同盟を組んだ、村忠さん。

【tunagu soap】
ブログ:tunagu soap
&フェスタで手づくり石鹸を売っていたちおりちゃん。イベントで売れた数と同じだけの「&石鹸」を被災してがんばっている女性たちに届けました。ちおりちゃんの石鹸は使うと、手放せなくなるのだ。彼女たちが使い終わってしまう前に、また届けにいかなければねぇ。

| 東北←→東京『&フェスタ』 | 11:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
気仙沼・唐桑花見フェス 報告①               〜&フェスタvol.3 唐桑の大きな桜の木の下で〜

4月29日に、気仙沼・唐桑でお花見をしてきました。ちょうどこの場所を訪れたのが1年前。その時は津波で家を流され、家族を亡くした人もいて、避難所となっていた「老人憩いの家」に集まった人達も生きることに必死でした。私たちも、ただ何かしたいという想いに突き動かされるようにチャリティーイベントを行い、友達の友人がいるという唐桑を訪れたのですが、できることといったら炊き出しをするくらいしかなく、すごく無力さを感じながら帰ってきたのを覚えています。
それから1年が経とうとしています。少しずつ周囲の状況が見え出し、いま自分が何をしたらいいのか、何をしていくべきなのか、そんなことを考える時期に来ているような気がしています。

そんな中で、「&フェスタ」で知り合った仲間たちと、唐桑で出会った人達とのつながりは、これからもつなげていかなければいけないことの一つだと思っています。
炊き出しのときは、&フェスタの実行委メンバー数人でみんなを代表して支援物資を届けにいきました。震災からまだ一ヶ月ちょっとで被災地は目を覆いたくなるような光景ばかりでしたが、辛い現実を突きつけられた、ということも含めて、行ってすごくよかったと思いました。

震災のことを話していると、自分の周りでも被災地を見ておきたい、という想いをもっている人達はたくさんいるのに、なかなかそのきっかけがないと聞きます。私だって、もし友達から声をかけられなければ、被災した友達の手助けをしてほしい、という一言がなければ、ずっと被災地に足を運べずにいたと思います。だけど一度行くと、現地のおじちゃんやおばちゃんはすごく温かく迎えてくれて、被災地だからどうこう、というのを抜きにしても、また遊びにきたい、と思わせてくれました。ただ会いに行くだけで彼らの力になれる、というがわかったとき、イベントに関わった仲間たちを一人でも多く連れて唐桑を再び訪れたい、とこの1年いつもどこかで思っていました。

2月にチャリティーイベント「&フェスタvol.2」を浅草で行い、現地で花見を行うための資金(収益&募金)を貯めました。イベントを終えて、「気仙沼・唐桑に行きたい人?」と言ってメンバーを募ったところ、次々手が挙がり、なんと27人もの大所帯で行くことになりました。予想外の反応に、すごく嬉しかった。その中には、イベントでライブをしてくれたジャンベチーム”一期JAM"、バセルバジョンもいて、現地で演奏してくれることになりました。
この1年で結束を強めた仲間同士で行くというのも大きかったのか、準備は順調に進められていきました。ただ行く日が近づくにつれ、被災地を初めて訪れるメンバーの中には不安を覚える声も聞こえてきました。「被災地の人達とどう接していいのかな」

そんな時は、やることをするしかありません。ご飯は、1クルマ1料理を出すことになりました。私はせっかく花の仕事をしているのだから、花で喜んでもらえるようなことをしたい、と思い、フラワーケーキのワークショップを行うことにしました。


花見当日は、これ以上ないというくらいの晴天に恵まれ、桜は満開でした。「去年はこんなにきれいに咲いてなかったのに、今年はすごいなぁ」。隣に座ったおじちゃんが庭をぐるりと取り囲む桜を見上げて言いました。お花見の噂を聞きつけて総勢100人近くが集まってきてくれました。皆が作ったカレーやひっつみ汁、お漬け物や餃子、豪勢な食事が並び、日本酒の一升瓶を片手に楽しそうに笑うおじちゃんやおばちゃんの笑顔が印象的でした。「おまえさん、見たことある顔だな」。隣の隣に座っていたおじちゃんが日本酒で飲んだくれている私に声をかけられました。炊き出しにきたときのことを覚えてくれていたようです。
村を守るようにある山は早馬山は集落の恵み。避難していた時の飲み水やお風呂の水はすべてあの山から引いたのだと教えてくれました。両脇に座ったお三方はカツオ釣りの名人。大漁のときに歌う「鮪立大漁唄込」を練習しているんだ、と一節を唄いはじめます。こうやって来る度に少しずつ唐桑のことを知っていけたらいいなあ、また必ず来ようと思いました。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 10:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
春の花

ゴールデンウィークのはじまり、そして2泊3日の気仙沼弾丸ツアー初日。
目的地は東北で花見のはずなのに、なぜか逆走します。一緒にいくバセルバジョン峻君がkosatoちゃんのライブに出演するというので、バセルバジョンご一行共々お供し、車は一路南へ、浜松へと向かったのでした。
東北は寒い、寒いと脅されていたので、セーターの下にヒートテックを着て、その上もこもこのジャンパーまで羽織ってきたのに、静岡は暑い。高速道路で窓も開けられず、燦々と降り注ぐ太陽を浴びて車内は蒸し風呂状態、酸欠状態。背中にびっしょり汗をかきました。

ライブの会場は浜松のスローポーチというカフェ。お店の名前の通り、玄関脇にせり出したバルコニーがあって、そのバルコニーの椅子にすでに到着したkentarow君が座っていました。うちらが来たのが分かると、手を振って出迎えてくれました。こんなところで再会できるなんて嬉しい。


出演する峻君は着いて早々、リハーサルや打ち合わせに忙しそうですが、お供の私たちはとりたててすることもないので、昼寝したり、庭の草花を勝手にむしってみたり、バルコニーで気ままに過ごしていました。
まさにスローポーチ。次々どこからともなく現れる出演者同士が繰り広げるセッションに耳を傾け、のんびり、そして贅沢な時間が流れていました。


私は、武田泰淳の「目まいのする散歩」という、なんとも独特の世界観が広がる本にしばらく没頭。すると横に座っていた、ともちがコンテを取り出し、似顔絵を描いてくれてました。本を読んでいたはずなのに気づけば彼女の手に釘付け。その手はとても軽やかで、まるで踊ってるようでした。絵ってこんなに自由にかけちゃうんだ、と驚きました。その日の天気、その時の顔の表情、瞳の奥にあるものまで、彼女はそんな一つひとつを敏感に読み取って、湧き出てくるイメージを形にしているような気がします。またたく間に真っ白な紙が鮮やかな色で埋め尽くされていきます。彼女は、また同じ人を描いても、同じ顔じゃないんだろうな、全く別の表情をしているんじゃないかな、と思いました。そう思うと、描いてもらっているうちから、また今度会ったときに描いてもらいたいなあ、と思いました。そのときの感覚を大事にしながら生み出されていく絵は、なんだか音楽とおんなじみたい。そんな私は若草色の肌で、青髪でした。“春の花みたい”。絵の横に書き添えられた言葉を読んだとき、私の胸の奥にもぽっと春の花が咲きました。



kosatoちゃんとkentarowくんのライブは色で表現するとオレンジとブルー、って言うくらい違う印象を受けましたが、どちらもすごくすてきな演奏でした。
kosatoちゃんの優しい歌声は聴いていると、何かに包み込まれているような気分になります。西アフリカの歌に合わせてコラを弾いている峻君もとても幸せそう。

kentarow君は、ギター一本で歌います。“満月”という歌が好きで、この歌を聴けてすごく満足。彼の歌はストレートで力強いなあ、と何度聴いても思います。でも彼の歌はなぜか朝、目覚めのときに聴くととても爽やかな気分にもなります。いろんな表情を見せてくれる歌々に酔いしれながら、ライブ終了後の深夜、気仙沼へ向けて出発しました。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
&フェスvol.3やります!【4/29:気仙沼・唐桑花見フェス 〜唐桑の大きな桜の木の下で】


『気仙沼・唐桑 花見フェス〜唐桑の大きな桜の木の下で』、またの名を『&フェスタ@気仙沼・唐桑vol.3』がいよいよ今月末の4月29日に迫ってきました。

これは2月に浅草で行った「&フェスタvol.2」の収益の一部と集まった募金をもとに、私たちが応援している唐桑の地域の人達とお花見をやろう、というもの。



【スケジュール】
「&フェスタvol.3@気仙沼 〜唐桑の大きな桜の木の下で」
日時:4月29日(日)12:00スタート〜暗くなるまで
   13:00〜 ライブ: You-suke
   14:00〜 ワークショップ「フラワーケーキをつくろう」
   15:00〜 ライブ:一期JAM

場所:「老人憩いの家」前広場の桜の木の下
    宮城県気仙沼市唐桑町鮪立165-1

宿泊:「老人憩いの家」の広間
   前日入りする人は2泊可能です。
持物:寝袋、防寒具(かなり4月でも寒いです、冬並みの格好で来てください)
   マイ箸、お皿、コップ、フキン、金、懐中電灯(ある人はヘッドランプ)
予算:行き帰りの交通費、食費、お土産代くらいかな。
集合:基本現地集合・解散
  (車でいくので便乗していきましょう)
   ※花見当日のみの参加も可能
準備:前日28日朝、関東出発組は夕方現地で買い出し、下準備等を行います。
   当日、朝起きてから料理の仕込み。

陸前高田なども車で15分程度の場所なので、帰る日の30日に廻ってかえれたらと思います。

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前回の「&フェスvol.1」直後に炊き出しにいったのが去年の4月末で、ちょうど一年前。まだ震災の爪痕も生々しく残り、これからの未来どころか数週間先の暮らしも読めない過酷な状況の中で、地元の人達は狭い避難所の中で避難生活を余儀なくされていました。私たちが到着した日はちょうど桜が満開を迎えていました。震災後、初めてお酒を解禁してお花見をしたといい、少し酔っぱらって陽気な姿で私たちを出迎えてくれました。私たちには計り知れない辛い経験をしてきているのに、それを一切私たちに見せずにたくさんの笑いとともに対応してくれた彼らの姿がとても印象的でした。別れ際、「今度は美味しいもんつくって待ってるからね」「ぜったい遊びにくるんだよ」と言って見えなくなるまで手を降ってくれました。

震災から一年が経って、今、私たちができることはなんだろうと考えます。彼らが一番喜んでくれるのは、物でもなく、お金でもなく、私たちが彼らに会いにいくことだろう、と私たちなりの答えを出しました。前回みんなを代表して現地に行けたのは7人でしたが、今回はもっともっと仲間を連れて、今年こそは思い切り花見を楽しみたいな、と思いました。

イベントでも呼びかけ、お花見に行きたい人は唐桑に集まれー、と声をかけたところ、総勢20人を越える仲間が集まりました。その中には、イベントでパワフルな演奏を見せつけてくれた一期JAMのメンバーもいます。現地でジャンベのライブを行うことが決定しました。

またかねてから噂はかねがね聞いていた地元のおばちゃんたちの人気者で、東北で幅広くライブ活動を行っているアーティストのyou-sukeくんと「じいちゃんの海プロジェクト」、そして唐桑の歌を歌う演歌歌手の絢香ちゃんもイベントに参加してくれることが決まりました。

彼が立ち上げた「じいちゃんの海プロジェクト」は、唐桑をテーマにした歌を作って唐桑を応援していて、CD「じいちゃんの海」は、炊き出しで出会ったおじちゃんが表紙を飾っています。
you-tubuでも映像が見られるので、歌をみんなで覚えていって一緒に歌えたらいいなぁ。

そこにあるのは青い青い海〜♪ じいちゃんの海♪


前回もお世話になった唐桑・鮪立の地域の方々が告知など全面的に協力してくれて、地域をあげてのイベントとなりそうです。

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そうなるとやりたいことがむくむく涌いてきました。

私たちと唐桑がこれからも「&」でつながるためにしたいこと

★料理編★
【うまいもんは漁師たちに聞け】
 おいしい魚料理はいくらうちらがあがいても、地元の人には太刀打ちできないだろう。ここはあきらめて、地元の漁師やお母さんたちに料理を教わろうという目論み。
あら汁、ホヤ、ワカメのしゃぶしゃぶ!なんてものもあるらしい。

【その代わりといってはなんですが】
地元の人達が食べないアウトドア料理を披露。ただご年配や子供も多いので、あまり刺激が強すぎない味でね。
一例:アウトドア料理
   →ダッチオーブンを使った魚をオリーブオイルで煮た"アクアパッツァ”
   →熱々ピザ
   →ネパール風蒸し餃子“モモ”
   →スペインオムレツ
花柄ののり巻なんかつくるのもみんなでやったら楽しそう。

【東北のお酒と&フェスタチームオススメ酒の酒比べ】
日本酒は、なんといっても東北のお酒がおいしいですが、関東にもおいしいお酒ありますよね。持っていって、みんなで飲み比べしましょう。あちらの方達は強そうなので、飲み過ぎないように注意しながら。

★お花編★
【ワークショップ「フラワーケーキ」(30分程度)】
&フェスタで、花のワークショップをやりましたが、お花は見ているだけでなんだか明るい気持ちになれます。訪ねた仮設住宅の殺風景さも気になったので、部屋に少しでも華があったらいいなと思いました。

&フェスタで活躍した手芸&フリマチームに手伝ってもらって、フラワーケーキを作るワークショップをやりたいと思います。
やり方は、ケーキ型の器にオアシスを詰め、その上にプリザのバラの花やビーズなどをさしてお花のケーキに見立てるという簡単なもの。

★情報誌編★
【&カラクワ観光案内所】
唐桑とこちらの情報が継続して共有できるような、年数回発行の新聞を作りたい、という妄想も。半分が唐桑情報、半分が&フェスタ関連の情報など。

内容:
・”地元のここが自慢!”“わが町のアイドル”などをみんなで手分けして聞き出し、唐桑よいとこ観光案内所
・唐桑の方言講座
・ぽれやぁれ”えまちゃんによる唐桑食材を使ったおいしいレシピ(本人の承諾はまだ得ていませんが・・)
・写真館(花見で撮った写真など)
・唐桑イラストマップ

★記録編★
【家族写真館】
・炊き出しをしたとき、家とともに思い出も流されてしまったけど、と大事そうに見つけ出した一枚の写真をみせてくれたのが、とても記憶に残っています。
なかなか家族で写真を撮ることもないだろうから、桜の木の下で家族写真を撮ってあとで送るのもいいなあ、と。

【映像】
今回花見にいけない人たちもいるので、お花見の様子やライブなどを映像に撮っておいて、ネット上で見られるようにしたい。
  
ひとまずそんなところでしょうか。なにか協力してくれることがあればお願いします。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 00:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
知るということ 〜「Photo Exhibition 3.11 OBARA KAZUMA」@大阪

“&フェスタ”でトークショーをしてくれた小原くんの写真展を手伝いに、おとといから大阪にきています。会場は、去年6月〜7月にかけて行った「東日本大震災03.11 小原一真写真展」と同じく、大阪・福島区にあるフォトギャラリー・サイ。大切な仲間たちと出会った場所であり、第二の我が家のような場所でもあります。オーナーはいつも家族みたいに温かく迎えいれてくれ、ギャラリーの看板猫、がっちゃんも相変わらずかわいい顔してお出迎え。扉を開けて“ただいま”という第一声がついついでてしまいます。

前回の展示では震災直後の被災地を訪れ、そこで暮らす人々を撮ってきた彼ですが、写真展が終わったその足で福島に向かいました。そこで初めて原発で働く作業員に出会い、彼らの人間としての魅力に触れ、生の声を届けたいと半年近くに渡って取材を続けてきました。

“&フェスタ”の打ち合わせでも小原くんとはよく連絡をとっていて、福島の話をいろいろ聞いてきたつもりでしたが、彼が作業員の方を写したモノクロのポートレートを前に、いままでの聞いてきたことの全てが一枚の写真に集約されているような気がしました。写真の持つ、とてつもない力強さを感じました。
作業員を写した28枚の写真の中には、まだあどけなさの残る18歳の青年の姿もあります。誰もが放射能への恐怖を抱きながら、それでも育ってきた土地で暮らし続けるため、家族を養うため、様々な守るべきもののために作業をし続けていているという現実。それを頭でわかっていてもなかなか事実として向き合えていない自分がいました。彼らは福島という土地に生まれ育ったことを運命とし、その上で今、何をすべきかということを冷静に考え、やるべきことをやっている。それを福島県外にいる私たちがちゃんと知っておかなければならないのだと思いました。

昨日から、展覧会に来た方々の感想をまとめていて、知ることは苦しいことだけど、知らないことは恐ろしい、というコメントがありました。

原発の裏で作業している人間がいるのは当然なのに全く想いを馳せていなかった自分に愕然とした――。
生きていく切なさを感じます――。

来場した方がいろんな思いで写真展に足を運び、福島で起こっていること、自分たちの住んでいる日本で起こっていることに向き合おうとしている姿勢をすごく感じました。知ること、それは簡単なようでなかなか難しいことです。

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「Photo Exhibition 3.11 OBARA KAZUMA」

2012.3.10(土)〜4.1(日)
12:00〜20:00(木曜定休)
Photo gallery Sai
大阪市福島区鷺洲2-7p-19 (JR大阪環状線「福島」駅)
入場料500円

本写真展では2011年7月から2012年2月まで宮城県/福島県で撮影した被災地の写真、約50点を展示。特に福島第一原子力発電所内部の写真とそこで働く作業員の写真はポートレート28点とドキュメンタリー写真約20点を彼らへのインタビューと共に展示。

3.11から一年が経過し、震災関連の報道が徐々に少なくなっている中、私たちは今一度被災地と向き合う必要に迫られている。以前は放射線管理区域として一般の人間が住むことなど許されなかった場所で、子どもたちは未だにマスクも無しに走り回っている。原発作業員は言論の自由の無いまま、危険な状況下で働き続けている。被災地の中と外を隔てる全ての壁を超えて、東北の現状と向き合うきっかけになることを願い写真展を開催する。

小原 一真
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