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いってきます 〜気仙沼・唐桑夏祭りの旅①

唐桑の夏祭りにいってきました。
一緒に行ったのは4月に気仙沼・唐桑で行ったお花見&ライブ「&フェスタvol.3 花見フェス」がご縁で知り合ったYOU-SUKEくんと彼の歌「じいちゃんの海」プロジェクトのために結成されたバンドメンバーの仲間たち。
前回、花見会場で歌う姿は一方的に見ていたものの、ちゃんと話もできないままだったのでほぼはじめまして状態で集合場所のYOU-SUKEくん宅に深夜1時すぎ、おじゃましたのでした。

YOU-SUKEくんはシンガーソングライターである一方、地元埼玉の本庄で農園をやってハート形のミニトマト「ハートベリー」の生産者でもあります。いまの時期は茄子が旬。収穫に追われながら、その合間を縫って東北の被災地でのライブ活動を行っているというから、その忙しさは半端じゃありません。しかも他のバンドメンバーは地元の仲間かと思いきや神奈川や埼玉でも車で30分という場所からやってきています。バンドメンバーが集まるのを待って、深夜の東北道を北上しました。

東北道は去年以来、何度も通った道。毎回福島のあたりを通る度に車窓からの風景の美しさに目を奪われ、それとともに原発事故というどうしようもない現実を突きつけられ、切なくなります。福島という土地柄なのか、ただタイミング的なことなのかわかりませんが、福島に入るとたいがい朝もやで覆われていて、それがとても幻想的です。ちょうどいまは膝丈くらいまで伸びた稲が田んぼを覆って緑の絨毯を作っていました。

空が明るみはじめたころ、福島の松島インターで高速を降り、宮城県の七ケ浜に向かいました。浜辺に行くとおじさんが釣り糸を垂らしていました。イシモチやカレイが釣れるそうです。浜辺沿いには松林があって、その林の小道をサーフボードを抱えたサーファーが歩いていきます。目の前にある海はとてもおだやかなのに、そこから四キロちかく続く平地は根こそぎ家々が流されコンクリートの土台しか残っていません。当時は生々しく残っていただろうその場所に今はガマや月見草などが自生し、草野原となっていました。


少しいったところに仮設住宅と並んでラーメン屋や八百屋など七軒の店を構える「七の市」という商店が作られていています。ここで合流することになっていたウクレレ大使・ハンサム判治さんに会いました。100リットル以上ありそうなビックサイズのバックパックに、小さな折りたたみ自転車。彼は南三陸から一週間、ウクレレを持って東北の旅をしていて、道中被災地に歌を届けています。
外で喋っていると、この数日、ハンサムさんが桂島の炊き出しで寝食を共にしてきたという仲間も起きてきました。ヒップホップやレゲエの仲間たちで結成された救援・支援活動を行うBOND&JUSTICEという団体の代表を務める大土さん、そして出会って5時間で意気投合し同居をはじめたというヤスさん。朝6時、しかも寝起きだというのに彼らはテンション全開で、これまでの活動や思いを聞かせてくれました。大土さんは南相馬の出身で被災者という立場でありながら、自ら仲間たちに支援を呼びかけ、震災が起きた1ヶ月後には150トンの物資を現地に届けたという強者。あまりの規模の大きさ、そして行動力に驚かされますが、彼の話をきいていると考え方にすごく芯が通っていて、だからこそ彼に託せばやってくれるのではないかと多くの人が彼に物資を託したんだろうなと思いました。

「起こったことは最悪だけど、出会ったことは最高」

起こった事実をちゃんと受け止め、それをプラスにかえていくのが彼らのすごいところです。私たちには想像もつかないような苦難を経てきているというのに、それを笑いを交えてこうして話してくれている。見た目で判断されることもあって、「南相馬に自衛隊より先に物資を運んだストリートギャング」なんて新聞で紹介されたこともあったそうですが、「ギャングでなくギャグだよな」とどこまでも飛び抜けて前向きで明るい。一緒に活動をしているヤスさんが、震災が起きて肩書きではなく、社会ありきではなく、人間と人間とが温度あるつながりでつながれるようになった、と言っていました。これまでに各地の被災地で出してきた炊き出しの数は2万食以上に上るといいます。あと250食で3万食!電気もなにもないとところで寝泊まりし、そんな中で音楽とごはんはすごい力を発揮するのだと彼らは信じて疑いません。周りからどう見られようと、やることはやる。彼らのゆらぎない信念がここまで活動を大きくさせて、そしていまも継続している原動力です。人間の本質がこういう時に試されるのだと思いました。

震災から一年半近くが経って状況がよくなっているのかと思いきや、がむしゃらにやってきた人達も疲れがたまってくる時期。震災直後よりこの時期、自殺者が増えていると言います。こないだ地元の人達を引き連れ沖縄旅行にいってきたそうです。1年以上経った今、なにか目標がないと気力がもたない。来年もがんばっぺといえるメンタルを作るために、津波で流された思いがいっぱいあるからこそ新しい思い出をつくるために行ってきたと言います。
一難去ってまた一難。終わりの見えない闘いがこれからも続きます。まだまだ話を聞いていたかったのですが、先を急がなければいけないので彼らに見送られながら七ケ浜をあとにしました。

「いってきます」

この場所に帰ってくるよ、という思いを込めて、東北を去るときにはこの言葉を言ってほしいと彼らに託されました。

②へつづく
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 01:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
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