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唐桑御殿をたずねた 〜気仙沼・唐桑夏祭りの旅③

宮城・七ケ浜で今回の夏祭りにも出演するハンサム判治さんと合流。ウクレレを持って自転車で東北を一週間に渡って周り、歌を届けるこちらもパワフルなお方。ゲストとして呼ばれていながら、祭りを盛り上げ、率先して地元の人達と交流を図る姿はすごく見習うべきことが多かったです。

彼がフェイスブックにあげていた言葉。彼の人となりがこの言葉に現れています。

「何のためにその土地にきたのか」。
それだけは絶対忘れちゃイカンと思う。

自分の唄を唄うだけじゃダメなんよ。
料理を作るだけじゃダメなんよ。
ワシがココに来る一番の理由はワシにしか出来ん祭りを届けたいから。
だでステージ以外でも自分にしか出来んことが見つかればやってみるのがココに来る礼儀だと思っとる。
もちろん子供たちと盆踊りだって踊っちゃうぜ(笑)



祭りを終え、ぐっすり寝た翌朝は地元に移り住んで「拓」という復興支援プロジェクトを立ち上げて活動を行っているメンバーに会いにいきました。昨日の大沢の祭りを取りまとめ、唐桑の復興情報誌「けっから」を発行したりしている唐桑にとっては心強い若者たちです。地元のラジオ番組に電話出演し、昨日のお祭りの報告を行うことになっていたのですが、特別ゲストとしてyou-sukeくんと判治さんも出演することになりました。最後には「じいちゃんの海」が流れ、隣のパソコンから流れてくるラジオにみんなで張り付いてきいていました。

そのあと、鮪立に戻って、地元のお母さんに唐桑御殿を見せてもらいました。唐桑御殿とは遠洋のマグロ船が盛んだった昭和30、40年代に、地元の漁師たちが競って立てた家で噂には聞いていたけど、その大きさにびっくり。秘密の扉をあけるとそこは屋根裏部屋に繋がっていて、思わず忍者屋敷にきたように興奮してしまいました。津波がくるまでは周りにも同じように立派な御殿が建っていたそうです。でも津波で流されたり、土台が動いてしまってほとんどは取り壊して家は残っていません。この家も三階まで水が浸水したのですが、土台がしっかりしていたため学生ボランティアが協力しここまでなんとか修復したそうです。中は大工さんが床や壁を張り替え、檜のいい香りがしていました。今後は唐桑を訪れた人が使える場所、また地元の人の働く場として「つなかん」の名称でどんどん活用していってほしい、と言っていました。私たちが今度唐桑を訪れた時も「50人は泊まれるから、使っていいわよー」とすごくオープンです。


ガレキの中から探し出された食器の数々。これでもまだ三分の1に満たないそう。

「食器はこれだけあるし、ちょっと海いけばいくらでもホタテはあるし食べ物はいくらでもあるから」。そんな元気いっぱい、そしてお美しいお母さんは津波がくるまでこの家に住んでいました。「この台所で料理して子どもたちを
育ててきたんだよ」。台所からは海が見渡せ、ここがあれば何もいらないというくらい幸せな場所なのだそうです。

今度来たときにはみんなでここに来たいなと思いました。そして唐桑のことをもっともっと知っていけたらいいな。そうそう、こないだ一緒に飲んだくれてよっぱらい同盟を組んだおじちゃんが私が唐桑言葉教えてほしいと言ったのを覚えててくれて、新たな唐桑言葉を教えてくれました。一緒に写真を撮ったときに言った言葉、「おしょすい」。最初、うちをからかっていっているのかと思いましたが、「おしょすい」は「恥ずかしい」と言う意味らしい。「は〜、おしょすい」。これは浸透するのに少し時間がかかりそうです。

ひとまず今回の唐桑旅の報告。支援のあり方、今後の自分の活動などいろいろ考えさせられる旅となりました。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 16:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
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