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サプライズ・パンケーキケーキ! 〜千葉キャンプ~
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ここ最近、顔を会わせない日はないんじゃないかという頻度で会っていた友達が、旦那さんとなる人とカフェをオープンさせるために栃木に移住してしまいます。移住は前々から決まっていたことなのに、今週末引っ越しだと聞いてもピンと来ないまま、お別れをいわなければいけない日がきてしまいました。喜ばしいことなのに、どうしても寂しさのほうが優っていけません。
あらたな門出をせっかくなら笑顔で送り出したいと、友達とキャンプでサプライズケーキを作ることにしました。ちょこちょこ様子をみにくる彼女の動きにひやひやしながら、かまどのある薄暗い土間の片隅でフルーツを切って、粉を溶いて作業を進めます。フライパンでパンケーキを焼いていると彼女がすぐ側まで接近していて、パンケーキは棚に隠してそしらぬ顔で野菜を揚げている振りまでしました。そして出来た、豆腐クリームとたくさんのフルーツをサンドして作った6段重ねのパンケーキケーキ! 彼女の親友がもう一つ、シフォンケーキを用意していて、その飾り付けも並行してやったからクリームもフルーツもあちこちにまき散らし、大騒ぎでした。
キャンプファイヤーを囲んで音楽が最高潮に盛り上がったタイミングで出て行きたかったのですが、ちょっとタイミングを逃しました。でも尋常じゃないスピードで最後の仕上げを終え、キャンプファイヤーの輪の中にみんなで飛び込んでいきました。ちょうどマスターから彼女への詩のプレゼントが終わったとこでした。外は暗く、彼女がどこにいるのかすぐに見つけられず、うろうろしてしまいましたが、後ろを振り返るとケーキをみて顔をほころばせる彼女の顔がありました。いまにも泣きそな彼女の顔を見て、ケーキってなんて人を幸せにするんだろうと思ってしまいました。遠いといっても栃木までは電車で数時間もあればいけます。次回のキャンプは栃木でやることになりそうです。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
薪を割る 〜千葉キャンプ〜
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鉛筆を持とうとしたら指に力が入らず、ころりと手から滑り落ちました。どうやら昨日のキャンプで薪割りをしすぎて腕から手、そして指にかけてが筋肉痛です。腕はまだしも指が筋肉痛なんてちょっとせつないです。頑張って書いた字もいつも以上にへなちょこです。

ここしばらく大阪に滞在していたのですが一時お手伝いを抜けて、所変わって千葉にやってきました。自然農を営むセイさんの大きな古民家で、行きつけのカフェのオーナーとその仲間たちとキャンプです。キャンプと言っても泊まったのは民家ですが、キャンプファイヤーをやって外で打ち上げ花火をしたから堂々とキャンプをしたといっていいですかね。

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行きはミュージシャンチームと同乗で、荷台に入り切らないほどたくさんの楽器を詰め込み出発しました。窓全開で陽気にギターを弾いたり、歌ったり、朝っぱらから賑やか。演奏できない私も助手席に座りながら運転する友達と、「これはCDいらずだね〜」と最高のバックグランドミュージックに耳を傾けていました。

キャンプのメンバーは総勢22人。3台の車に分かれて現地集合だったのですが、一番遠くから出発したうちらの車がなぜか一番早く到着しそうでした。海に寄り道することにして、海風に邪魔されながらバドミントンをやったり、サッカーをしたり、貝拾いをしたり、さんざん遊んだ後は近くの「道の駅」で「いわし丼」を食べました。どんぶりは注文を受けてからおばちゃんが目の前で丸々2匹を揚げてくれ、刻みショウガとネギ、甘辛ダレをたっぷりかけてくれます。それでお値段は普段の半額以下の一杯300円! 野外で売っているというのが安さの秘訣らしいですが、「ほっぺたが落ちちゃうでしょ」というおばちゃんの声に「はい」と応えるしかありませんでした。
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イワシ丼、もう一杯!といきたいところでしたが、そろそろいかなきゃまずいかなと、キャンプ地となるセイさんのお宅に向かいました。が、他のメンバーは一度到着してまたお昼にでかけていったという入れ違い。ひとまず家の掃除をして、ボール遊びをして、それでもこないので地ビールが売っているという近くの酒蔵につれていってもらいました。集合の時点からこんなゆるゆるキャンプ、きっと受け入れ先のセイさんの全てのモノを受け止めてくれそうなおおらかさが、やって来た人にも伝播していった気がしてなりません。ひとまず乾杯した後は、演奏したり、かまどでご飯を炊いたり、魚を焼いたり、各自自由行動。一番遅く来たメンバーはトイレ休憩によったついでにどうやらバッティングセンターでバッティングをし、卓球をして、、遊んでいたようです。

gyuyhi各自が各自の仕事に勤しんでいましたが、うちはお風呂を沸かすための薪割りにはまってしまいました。薪割りといえば去年、染色をする長野の友達の家に滞在したときの私の毎朝の日課でした。朝起きて庭で薪をわっていると、向いのおじいさんもでてきて薪割りを始めます。おじいさんは目が見えないのですが、おばあさんが丸太の上に適当な木をおいてあげると、感覚だけを頼りに斧を振り下ろします。その命中率は見事でパンパンと気持ちよく割っていきます。老夫婦の連係プレーを微笑ましくみていました。薪割りは斧を持ち上げる力もいりますが、それ以上に精神的なものが大きい気がします。真ん中に落ちるようにと気を集中させていくと、すっと周りの音がきえる瞬間が訪れます。丸太のど真ん中に斧を振り下し、スパンと真っ二つに割れたときの爽快感はたまりません。気がづけば手のひらにいくつも血豆ができてましたが、割る木がもうない、といわれるまで割り続けてしまいました。薪をくべたお風呂は熱々で、汗を流してもまた汗が流れてきますが、気持ちのよい汗でした。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 22:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
お好み焼きはお好き?
お好み焼き
「やっぱ大阪ええな〜」なんて下手な関西弁を使っているとどつかれそうですが、4月にしばらくお手伝いしていた大阪のギャラリーに戻ってきて、久々に仲間たちと会ったら、素直にそう思ってしまいました。
今回は4月に埼玉で行ったチャリティーイベント「&フェスタ」で東北・被災地の写真を展示してくれたカメラマンがそのギャラリーで展示を行うことになり、お手伝いがてら半月ほどこっちに滞在予定です。

物置場と化したギャラリーの片付けから始まり、写真のパネル張り、額装、連日徹夜でオーナーとカメラマンの子と意識朦朧としながら準備を進めていました。この数ヶ月間で結構頻繁に大阪にやってきていた私ですが、いまだお好み焼きすら食べていないことにふと気がつきました。たこやきも。
その話をオーナーにすると、「それはあかんな。気づかず大変失礼致しました」と言われ、作業はいったん切り上げ、近所のお好み焼き屋さんに食べに出掛けることにしました。ギャラリーから歩いて20歩たらずの場所にあるお好み屋さん。鉄板を囲んだカウンター席だけのお店で壁には、「豚玉」「いか焼き」「モダン焼き」といろんなメニューが並んでいます。「モダン焼き、はて何だろう」。大阪アウェーの私はネーミングに惹かれて注文しました。すると、「焼きそばがないでね〜」と返事が返ってきました。モダン焼きは焼きそばが入ったお好み焼きでした。食材がないならしょうがないので「豚玉」にしました。注文をして、「はいよ」という威勢のよい返事があってから10分、20分、、時間ばかりが過ぎていきますが目の前の鉄板でお好み焼きが焼かれる気配はありません。奥を覗くと、キャベツを黙々と切るおじちゃんの背中が見えました。お好み焼きは鮮度が大事・・?時間は21時を過ぎていて昼食もろくに食べていなかったのでお腹ぺこぺこ。空腹で待ちきれず、ガラスケースに入っていた一つ100円の小鉢をいくつかとってごまかしていました。ようやくキャベツの準備が整っておじちゃんが鉄板の前にやってきたのですが、今度は他のお客さんがやってきて目の前に材料は整いながら、お預け状態。いつもはお店の人が作って出すスタイルのようですが、「焼いちゃうよー」と声をかけると、すんなりああ、そうかい、と返事が返ってきて、自分たちで焼いて食べることにしました。「じゃあ、たのんだね」と苦笑いしながらおじちゃんはまた奥へキャベツを切りに消えていきました。

そんなおじちゃんですが、お好み焼き屋のおじちゃんという顔とは別に、関西では知られた大手スーパーの創業者メンバーの一人としていまだ現役で活躍していることが判明しました。すごい。

1日おいてまた店にいきました。6人中3人は注文したのですが、残りの3人は話に夢中で注文をしてなかったことに気づきました。「モダン焼きちょうだい」。おじちゃんの声をかけると、今度は、焼きそばでなくお好み焼きの粉がないということでした。「代わりに焼きそばで」。結局みんなでお好み焼きと焼きそばを分け合い、頂きました。ソースとマヨネーズをたっぷりかけたお好み焼きはとっても美味しかったです。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 15:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
我らの太陽の塔
奈良公園
 「バイト休んで大阪いこーよ」。友人の悪魔のささやきについついのって、日帰りで大阪にいくことにしました。正確には車中2泊1日。誘われたのが出発の2日前で、いくらバイトの身とはいえ、私とオーナーしかいないランチ時に抜けるのは難しいかと思っていたのですが申し出てみると意外とすんなり休みをくれました。震災以来めっきりお客が減って、閑古鳥がないているのでこの申し出はむしろ大歓迎だったのかもしれません。

 夜行バスで大阪に降り立ってまずしたことは、大きく息を吸うことでした。空気は冷たく、ひんやりしています。排気ガスがすごいぞって地元の人には笑われましたが、東京でも放射能が飛んでいると連日ニュースが流れ、洗濯物さえ外に干せない状態。なるべく家に、室内にこもっていて、自由に息も吸うことさえできませんでした。普通に暮らしていればいい、と頭ではわかっていても緊張状態が絶えず、気が休まりませんでした。

 思う存分息を吸ったあとに、大阪でしたかったこと。それは太郎の「太陽の塔」に会いにいくことでした。宇宙からずどーんと地球上に不時着した生物みたいに不可思議で魅力的な物体。四方にパラレルワールドを発信するタローパワーがこんなときだからこそ、とても力強く思えました。一緒に誘ってくれた友達は新幹線でくるというので、早朝に到着してしまった私は合流するまでの時間、本屋で立ち読みして時間を潰すことにしました。実は、「太陽の塔」がどこにあるかもよく知らなかったので本を探して見ていると、塔がある万博記念公園は水曜定休とありました。今日は水曜日です。雷に打たれたように、その本を持ったまましばらく動けませんでした。出版年が古いのではと、発行日を確かめてみますが最近出された本のようでそう定休日が変わるということもありそうもありません。年のため公園の事務局に電話をかけてみました。すると警備員のおっちゃんが出てきて、「今日は休みだよー。近くにきても見られるところはないよー、来週水曜なら祝日だからあいてるよー」とのんきな返事がかえってきました。この為に大坂までやってきたのに見られないとはとがっくり肩を落としました。
 そのことを知らない友人が今からやってくるというに会って早々そのことを伝えなければならないのが心苦しいばかり。さきほどまでの経緯を話すと、「せっかく大阪まできたのに・・」と友人もしばし放心状態でした。鳥取に3回もいっているのにいまだ砂丘をみていない私です。スペインにいってパエリアも食べなかった私です。そういう運命なのでしょうか。

 「太陽の塔」に会えれば、ここ一週間の息苦しさから脱却できるような気がしていました。でも、その望みが今絶たれ、また絶望の淵に立たされていました。ユニバーサルスタジオも食い道楽も、たこやきも、「太陽の塔」と比べてしまうと及びません。そんなとき、「太陽の塔」に代わるものとして思い浮かんだのが奈良の大仏様でした。友人に話してみると、彼女も目を輝かせています。

 鹿に行く手を阻まれながら閉門時間の5時のタイムリミットぎりぎり30分前に到着しました。広い空に荘厳な大仏殿がでーんと構え、地震がきても微動だにしそうもない頑丈な造りに安心します。堂内に一歩足を踏み入れるとすぐに大仏様の大きな目と私の小さな目がぴたりと合いました。穏やかな笑みをたたえながら私たちがくるのを待っていてくれたようです。足元ではちびっこカメラマンがお母さんと弟と大仏様の3ショットを撮ろうと、地面にお尻をついて一生懸命撮影していました。
大仏様

 大仏を見るのは中学校の修学旅行以来で大仏様を前にとてもはしゃいでしまいました。大仏の鼻の穴と同じサイズといわれる大仏殿の柱をくぐろうと二人で誓いを立てました。洞窟、穴好きとしては大仏の鼻の穴といわれて、通らないわけにはいきません。マフラーをとって、コートも脱いで準備万端。地面に膝をついていざ直径30センチほどの四角い穴に向かいます。でも穴を前にするとその小さな小さな穴に、入らないやーと腰がひけてしまいます。頭を入れて、ぷはっーとプールの水から顔を出した様に穴から頭を引っ込め、また頭をいれてを繰り返しています。三度目かでやっぱ無理!と髪をぼさぼさにしながらでてくると、横から見ていた友人が、「いや、入れる」となんの確信があってかやたら強気です。どうやら頭から入ることに無理があるようで、両腕を伸ばして腕から入ることにしました。でも両腕を入れようとすると、肩が詰まってどうにも身動きとれない。いい肩してるね、とよく友達にほめられる立派な肩がこのときばかりは邪魔をするのです。片腕を上げて、もう一方は下げて、水泳のクロールの掻いたときの状態で穴に滑り込むと、ようやく少し入りました。その勢いに乗って身体を滑り込ませ、息がつまるような狭い空間(といっても50センチもなさそうですが、、)をすり抜けます。先に穴から出た片腕に全力を注ぎ、腕力で這い出しました。大仏殿の冷たい地面にごろっと上半身が転がりでます。閉門時間が近いなか、こんなことをやってるのは私たち大の大人、二人きりです。その穴と格闘する様子をちびっこが、この姉ちゃんほんと通れるのか、と心配そうに見守ってくれていました。

大仏様の鼻の穴

 通りぬけると無病息災が得られるのだそうですが、そのことを知らなかった私たちは願掛けをしなきゃといいながら、通り抜けるのに必死でその願をかけることそらすっかり忘れていました。無事通り抜けた私たちにとってはそんなことはもはやどうでもよく、すっかりわーい、わーいと、とても陽気でした。一周すると堂内放送が流れ、もう閉門の時刻です。あっという間に鹿さんともさよならして奈良をあとにしました。

当初の目的からはなれ、いったい何をしにいったのか。挙げ句に大阪にきて友達はばんばん道往く人にぶつかられ、やっぱ大阪だーと感心してました。変わらない大阪の様子を見て、元気になりました。節電、停電といって気持ちまで暗くなっている東京にいて気持ちが落ち込むくらいなら、みんな大阪にでも出掛けてちょっとくらい息抜きしたらいいじゃない、とバスの車窓から爛々とビルの電気が輝く夜景を見て思いました。オプションで奈良の大仏観光もおすすめです。

帰りのバスではパーキングエリアで牛乳パックを見つけ、200ミリリットルの牛乳を二人で分け合って飲みました。「おいしい牛乳」と書かれた牛乳は本当においしかったです。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 17:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
赤福詣で、伊勢参り 〜熊野オレンジ便〜
赤福本店
我が家の土産ナンバーワンつして、不動の地位を保ち続けているのは、なんといっても赤福。本場、伊勢にいったことがないのに、これまで何度口にし、我が家族のほっぺを撃ち落としてくれたことか、、。都内で土産といって帰るのはさすがに気が引けてしませんでしたが、静岡の焼津あたりを越えたら、そろそろ買っていいかなと思いはじめ、京都に出掛けようものなら、堂々と土産だと買って帰ります。そんな我が家のアイドル的和菓子「赤福」の生まれ故郷、伊勢に行くのが長らくの夢でしたが、ついに夢叶えたり。周囲には熊野のみかん畑で働いてくるといって出かけたのですが、実は一番の目的がこれです。
伊勢神宮 外宮
伊勢までは、東京からガタゴト鈍行で名古屋までいき、東海道の宿場町・関宿のゲストハウスで一泊し、翌朝数時間かけてようやくたどりつきます。ホームに列車が滑り込むと、駅のホームにあるンチの広告看板にさっそく「赤福」の文字が飛び込んできました。創業303年といいますから昔の人も伊勢神宮にたどりついて、この赤福の甘さに長旅の疲れを癒されたことでしょう。レンタサイクルをして、伊勢神宮の外宮→内宮へと続く5キロの道のりを自転車で駆け抜けますが、電柱、商店街、どこに目をやっても「赤福」の広告です。そしてついに内宮へ続く参道の入り口で「赤福」1店舗目を発見。涼やかに舞う「赤福氷」ののれんに、ついついカメラを向けてしまいました。はやる気持ちを抑えて、まずは内宮へお参りです。それからようやく5軒ほどある「赤福」の比較的空いている店を選んで中へ。30分あまり汗をたらたら流して自転車でこぎ続け、昼食もとらずに内宮を歩き回っただけに、頂上を抹茶色に染めおた「赤福氷」が運ばれてきたときには、よだれをたらさんばかりでした。

赤福氷
おそるおそる氷にスプーンを入れて一掬い、また一掬いと進むと、ひょっこり赤福が顔をだしました。抹茶氷と混じり、冷えたあんこ餅のなんて美味しいことでしょう。氷とともに身もとろけだしました。にくいのは、もう一掬いすると、あんこ餅のほかにもう一つ、あんこのない白餅もはいっていたことです。「これ以上ない幸せ・・」と、これからみかん畑に行くことも忘れて赤福氷を口にした喜びに浸っていました。

赤福氷
後日・・。みかん畑での手伝いを終えて、さあ赤福を土産に買って帰ろうと夜行バスでとまったサービスエリアで探すものの、みあたりません。外では赤福の旗がパタパタと夜風にゆれています。思い切って店員さんにきいてみると、こんな深夜に赤福を口にするとは何事かといわんばかりの顔つきで、「売り切れました」といいなさる。結局、伊勢まで来たのに肝心のお土産が買えずじまいで帰るしかありませんでした。家に帰って精一杯の身振り手振りを交えて「赤福氷」のおいしさを熱弁したのはいうまでもありません。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 15:55 | comments(2) | trackbacks(0) |
ほたる舞うミカン 〜熊野オレンジ便〜
極早稲く温州
まだ小振りで、青々としたみかんの底にぽつぽつ黄色い斑点がでてきました。蛍が舞っているように見えることから農家さんたちは‘蛍じり'と呼んでいるそうで、これからだんだんとオレンジ色に色づきはじめる合図なのだといいます。
うちがいまお手伝いにきている三重県御浜町のみかん農家は、和歌山と県境にあって、周りは見渡す限り山。少し車で行くと海もある豊かな地形で、年中みかんがとれる町として知られています。
これまでは摘果といってサイズの小さいものや虫にくわれたものを落としていく作業をひたすらやっていたのですが、昨日、今年初の極早生温州の収穫がありました。日照り続きで例年より10日ほど遅れて本格的な収穫は月末になりそうですが、まだ小さくて、青々としたみかんは酸味の中にも爽やかな甘さがあって、冬にたべるみかんとは違ったおいしさがあります。
ここにきた当初は1ヶ月近く雨が降っていないとあって、暑さで日に日に木々が萎えていくのをただ、ただみているしかなく、何もできない自分をもどかしく思いました。しかししばらくして降り出した雨が2日間降りつづき、水分をたっぷり吸収し、生き生きと葉を広げて元気をとりもどしていく様子に心から雨ってすごいやー、と目を見張るばかり。小さなみかんは実にいっぱい水分を蓄え、ついには皮を破ってはじけます。「ようさん降ってよかったなー」。一緒に働くおばちゃんたちが口々しているのを聞いて、畑ではこんなに雨が歓迎されるんだと、改めて天からの恵みに感謝しました。
丸山千枚田
雨の日を境にぐんと秋の気配を感じ、まわりでうっとうしく鳴いていた蝉の声もいつの間におさまって小さな虫の音が聞こえてきます。お弁当を持って畑でとるお昼休憩にも、木陰で昼寝をしていると心地よい風が吹き抜けます。
農薬を使わないで果樹を育てるのはほとんど不可能に近いと聞いて、現状はどんなんやらと思ってやってきた果樹園。正直、初めは消毒で真っ白になった葉にどきりとしたものです。でも消毒の掛け方を従業員に指導する社長さんが、「生き物も人間と同じように呼吸しているんだから、それをよく見て消毒しなければ効果ない」といっているのを聞いて、消毒をするのにもちゃんと作物と対話することが必要なのだと知りました。と同時に、無意識のうちに無農薬を善、農薬を悪としてみていた自分にはっとしました。いくら消毒をかけたからといって、日々目をかけてやらなければ病気や虫から作物を守ることはできません。農薬を使う農家さんもたくさんの愛情をもって作物に接しているのだと知り、農業についてつくづく考えさせられたものです。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
にんじん休息日 〜ましこ 畑仕事〜
ルーシー・リー
畑仕事の合間の貴重なお休み。にんじんばかりみていると気がめいってしまいそうなので、1時間ほどの道のりですが歩いて益子の街まで出かけることにしました。途中にはぶどう畑やたばこ畑があって、見るものすべてが新鮮に目に飛び込んできます。
益子には素敵なもの作人たちが暮らしています。彼らのアトリエを突撃訪問してみることにしました。

「ひょうたんの灯りルーム」(http://www.cp-lamps.com/)のさったさんは、ひょうたんに模様を施し、ランプをつくっているすごいお方。1年ぶりに訪ねてみると駐車場のあった場所にいつのまにやら立派な展示スペースができていました。
 
重い扉をあけて中に入ると暗闇の中にひょうたんが浮かび上がって、宇宙空間に放りだされたような気分になります。ビーズやガラスが埋め込まれた穴から青やピンクの光が漏れ、壁に幻想的な模様を映し出します。

ひょうたんを乾燥
ちょうど今はひょうたんの収穫期で、外にはとりたてほやほやの緑色のひょうたんがバケツいっぱい水に浸かっていました。このひょうたん、実はこの段階が一番臭くって、たとえるならば何年も飼ってるゾウガメ?の水槽!?、と畑仕事仲間は表現しておりました。うちとしては、熱気のこもった日にヘドロのたまった池に足を滑らせてしまったときのような、鼻だけでなく体全体を覆うような強臭・・。どちらにしろ強烈です。水につけておくことで中身を腐らせ、中の種や実を水で流しだし、乾燥してようやく加工できる下地部分ができあがります。

と、突然さったさんから、
「くさいの平気? バイトやる?」 
バイトのお誘いを受けました。この匂い、一度手につくと3日は落ちないといいますが、むこう一週間はニンジン畑がおしゃべり相手だし、それよりなにより目の前に、ひらひらと羽をつけて飛んでいく野口さんの顔が見えました。もちろん、やります、やります!と即答。お昼もつけちゃう、という一言に俄然やる気もでます。
トウモロコシ入りの冷し中華をごちそうになり、日陰で、途中でアイスをもらったり、スイカをたべたり至れりつくせり。これはバイトといっていいのかと思ったほどです。
強烈な香りを発しながら壁に向かってなにやら不審な行動をとっているうちらに「なにごとか」と、隣に行列をつくって並んでいたパン屋のお客さんが覗きにきましたが、うらにとっては、もはやいい香り♪でした。

ひょうたんの灯りルームから歩いて15分くらい駅のほうにいくと陶芸作家のうららちゃんがやっているカフェ&ギャラリー「tete(テテ)」(http://tete.otonotakumi.co.jp/)があります。ティーブレンダーでお菓子作りも得意な、いとちが加わり、月4日ほどお店がオープンします。

益子は観光地といえども少し道をそれれば田んぼが広がっていて、もうすぐ収穫を迎える稲穂は黄金色に染まっています。でもそんな光景を目にしながら畑仲間との話題はやはり食談義。いままで食べた中で一番美味しかったデザートは?と聞かれ、デザートとよんでいいのかと思いつつ、これからいく「テテのキッシュ!」とおもわず答えていました。
毎年陶器市にいっている友達をとりこにし、キッシュという言葉さえ知らなかった者たちがここにくるとやたら「キッシュ、キッシュ」と発しています。イギリスかフランスか!? 発祥地を巡ってバトルまで繰り広げた伝説のキッシュ・・。
世界一のキッシュ

本日のメニューはベーコンとアスパラガスでした。卵と生クリーム、牛乳というシンプルな材料ですが、焼き加減が絶妙で口に運ぶととろけてしまいます。「野菜ばっかりで濃厚な味に飢えているんじゃない」とちえさまはご謙遜なさっていましたが、いやいや、彼女のキッシュはいつたべても世界一だと思っています。

藍窯
近くには立派なかやぶき屋根の家があって江戸時代から代々続く日下部藍染工房があります。藍の原料は、草冠に染めるとかいて「すくも」と読むそうで、漢字の美しさに感心してしまいました。

最後は大好きな陶芸作家さん、寺門広気さんに会ってきました。行くとちょうど作品を納品して車で戻ってきたという絶妙のタイミングで、相変わらず鳥や犬が登場するユニークな新作を見せてもらいました。益子の街を見下ろす高台にあって、テラスでワインをごちそうになりながらすっかり長居。こんな暮らし方もあるんだなーとしばし翌日からの作業を遠くの彼方に追いやっていました。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 11:23 | comments(3) | trackbacks(0) |
ニンジン畑をぬけだして 〜ましこ 畑仕事〜
畑のお手伝いで3週間ほど益子にいってきました。10ヘクタールもある土地にナスやズッキーニなど多種多様な野菜を育てている農家で、一切農薬を使っていないため、この時期は毎日ぐんぐんと成長する雑草との戦いです。
たばこ

朝5時に起床し、眠たい目をこすりながらご飯をかきこむと、軽トラで畑に連れられ、あとは迎えが来るまでひたすら草むしり。お盆もすぎたというのに今年は異常も異常で、連日35度以上の猛暑日がつづきました。

野菜でもっとも手間とコストがかかるといわれるのがニンジンで、狭い畝と畝の間に中腰になって絡みつく雑草を取り除いていきます。少しでも乱暴に雑草を引っこ抜くと、日照り続きで乾燥した土が砂のように崩れるので、おちおち腰もつけません。単純なようで日陰が一切ない炎天下での作業は、想像以上に体力を奪われ、迎えがくるころには軽トラの荷台に足を上げて乗り込むのがやっとでした。

昼休みは寝床のあるプレハブにもどって、滝のように流れ落ちる寝汗もいとわずひたすら寝る。作業する人の中には熱中症で倒れて体が麻痺したり、ご飯が喉を通らなくなってしまった人もいましたが雑草は待っていてくれません。畑に降ろされる度に終わりの見えない雑草だらけの草むらを前にぼーぜんと立ち尽くしていました。
とはいえ人影どころか車も通らない田舎です。手には鎌しかなく、逃げるすべもなければ、気力もありません。季節労働者か、はたまた売られていく子牛のように毎日、軽トラの荷台に揺られて、畑と寝床を往復していました。


そんな毎日にも終わりはやってくるもので、ニンジン畑からようやく解放され、場所を移して今度はサツマイモ畑で作業をしていると、あっつい中働く姿を見兼ねて目の前のおうちの方が庭の木陰を休憩につかっていいと親切にいってくれました。刈りいれたばかりの米を脱穀していたおばあちゃんは二十代から農家に嫁いできてこの土地にやってきたといいます。当時は仕事の選択肢もなかったようですが「街で働いているほうがええよ、百姓は大変だよ」といいながら、休憩どきに冷えたスイカや梨をもってきてくれました。庭で取れたという朝採りのスイカは水々しく、一気に疲れが吹き飛んでしまいました。裏の畑になってるトマトも、食べ切れなくてぶん投げるだけんだから好きなだけ食べていいともいで食べはじめたら、甘いこと、甘いこと。ミニサイズでしたが止まらなくなり、10個ほどたべていました。

そのおばあちゃんがいってたことで、むきになって草むしりをやっていた身にとって、寝耳に水だったのが、
「サラリーマンなら少しも休んでいられないけど、百姓は休んだりして要領よくやらなきゃだめんだよ」
という一言でした。たしかにこの調子でやっていたら体は持ちません。迎えの時間が近くなると、「ほれ、一生懸命働いてたふりするんだよー」といって手を振りながら畑に送り出してくれました。なにごとも、無理しすぎないのが長続きの秘訣。彼女の言葉に長年の百姓をやってきた経験と知恵を感じました。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 06:58 | comments(8) | trackbacks(0) |
手仕事で日常ふ 〜長野道草便り〜
花
美ヶ原温泉へ続く道の途中の停留所でバスを降りました。お墓と平凡なアパートと、まだ青い果実をぶらさげたぶどう畑という、なんともとりとめのない景色を見ながらゆくと、よく手入れの行き届いた水田のむこうになまこ壁の館がみえてきました。前から一度訪れたいと思っていた松本民芸館です。

ほどよく木陰になった雑木林の前庭を抜けて入り口につくと、暑いとこよく来てくれました、と受付のお姉さんが迎えてくれます。この日の展示は「かご展」。沢山の展示の中には大好きな台湾出身のバンドのメンバーの一人アミ族のポシェットもあって、その手の込んだ技に思わず汗が流れるのも忘れて見入ってしまいました。

「美しいものが美しい。
 これはほとんど無名の職人たちの手仕事で日常ふです。
 美に国境はありません」

ここを建てた創始者の丸山太郎さんの書が展示室の入り口にかけられていましたがメインの展示よりなにより、まずこの書に心をうばわれてしまいました。「イタリアのパンこね箱」「韓国 柳行李」。展示の案内は最小限の情報だけなのも、無言で物が語りかけてくる美を感じて欲しいという丸山さんの心意気が感じられます。

すべてを見たあとバスが来るまで時間があったので、受付のお姉さんにアミ族のポシェットのことを興奮気味にはなしていたら、今日の展示にはないけど他にも同じ民族の刺繍服が所蔵されていたはず、と所蔵目録をひっぱりだして調べてくれました。どこで買ったとかいう記録はほとんどのこってないんですけどね、「丸山は、そういうことにこだわらない人だったんです」。民芸を愛する人ってそういう人だよねーとその言葉に妙な親近感を覚えてしまいました。
そんなこんなでは話をしているうちにバスが来るまでに10分あるから大丈夫ねーといってた余裕もなくなり、サンダルをはいてあわただしく館をあとにしました。「バスがいってしまったらまた戻ってゆっくりしてっていいですよー。楽しい話をありがとう」。別れ際にかけてくれたお姉さんのさりげない一言がとてもうれしかったです。
バス停には2分前につき、ソバの名所小諸、長野、松本とまわってきたのにソバを食べのがしていたので駅前で買ったパンをほおばって空腹をしのぎバスを待ちます。最後の一口を口に押し込んだところでバスがやってきました。予定より5分遅れの到着でしたが、信州白みそ餡でくるんだあんぱんの美味しさに免じて許してやろうと思いました。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
信濃愛国党 〜長野道草便り〜
善光寺
長野出身者はなみなみならぬ郷土愛の持ち主が多い気がする。
ひところ昔なら♪信濃の国は〜♪と口ずさめば出身者同士で大合唱が始まること間違えなしでしょう。
まわりを見渡しても茨城、埼玉・・ましてや東京出身だと自慢する人はめったに見かけませんが、長野の人が「長野出身です」っていう一言にはなんだか自信さえみなぎっていて、黄門さまの印籠よろしく、ははーと膝まずきたくなります。

しばらくの長野暮らしを終え、さてコンクリートジャングル東京に戻るとするかとためいきつきながら列車の路線図をみていると、長野の大きいこと、広いこと。5年ぶりに青春18切符を購入し、長野の善光寺をみて松本へいって伊那にも行きたいなんて欲張りなことをいってましたが、調べだすと乗れるのは鈍行だけだから早朝出発しても東京につくのは真夜中、あーへとへとです。
結局どこへいきたいかよくわからなくなって、当初から行きたいといってた善光寺最優先プランで、時計と逆周りに長野をぐるっと一周して戻るルートをとることにしました。

翌朝早朝、お世話になったさどぅ夫妻に見送られて電車に乗り込むと、車窓からは信濃の名だたる山々が見渡せてわくわく旅気分、、といいたいところですが、暑い日差しで窓は全部日よけが降ろされ何も見えません。そして鈍行旅でいつも感じるのは、旅人の自分と周囲の温度差。ボックスシートでない普通の車両で駅弁を周りの冷たい視線を浴びながら食べるのはいくらずうずうしい私であっても気がひけます。彼らは学校や会社にいくまでのいつもの交通手段としての乗り物であって心拍数もたぶん平常値、こちらは未知の場所に連れて行ってくれる夢の乗り物にのって気分爽快、心拍数も高いに違いありません。その高揚感はいくら平常心を装っても隠しきれるものではありません。あきらめて興味深々、地元高校生事情を観察しておりました。

★長野・・・善光寺 お戒壇めぐり★
善光寺 寺町
善光寺にいったら「お戒壇めぐり」をするといいといわれてきました。ご本尊の安置されている瑠璃壇下の回廊をぐるっとまわれるようになっていて、途中に極楽への鍵となる錠前を触るといいのだそうです。お戒壇は地下で一切光が届かず真っ暗、足元すらみえません。その中を心おだやかに進んで錠前にあたったらめっけものということだと思うのですが、社会科見学でやってきてるらしいやかましい子らに続いて入ったせいで、暗さに耐えられなくなってそこら中を携帯の液晶を照らすは騒ぐわで、きづけば錠前にも触ることなく出口にたどり着いていました。
これはいけないと思って、時間はたっぷりある一人旅の特権とばかりに再び入り口に立ち、再挑戦。今度は前に誰もいません。そう思ってたら、後ろから「こんな場所なかなかこれないじゃんか。いい思い出になるよね」と強がっているのか、ませたがきんちょの声が後ろやってきて追いつかれました。結局前のカップルにも追いついて、「これじゃない??」とガチャガチャとやる金属音に導かれて錠前を手にすることが出来ましたが、またしても邪念だらけで、これでいいのでしょうか。後ろで「どこ、どこ」と少年が騒いでいたので、「ここだよ」と教えてやりました。
| つれづれ旅ばなし/日本編 | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
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