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コクリコ坂から

ひさびさにジブリ映画を映画館で見ました。小学生のときに親に連れられて見に行ったのが「トトロ」。それ以来なのでかなりの歳月が経っています。夜の10時からジブリというなんとも大人なジブリ時間でした。なぜか男二人組や男4人に女子一人というメンバー構成が多かったのが気にかかりました。「ジブリ、見に行こうよ」「いいねー」という会話が交わされていたのかはわかりませんが、単にこの時間やっているめぼしい映画がなかったというのが真相でしょうか・・。

「コクリコ坂から」は宮崎駿の息子さんの宮崎吾朗が監督で、海という高校生の女の子が主人公の物語。東京オリンピック開催に湧く60年台が舞台で、学校では男どもの巣窟となっている学生会館「カルチェラタン」の存続をめぐって学生運動が繰り広げられています。一方で古い洋館に住んで下宿する人たちの世話をしている海は朝鮮戦争で亡くなった船乗りのお父さんを想って毎朝、信号旗をあげる。「少女よ君は旗をあげる、なぜ」。学生新聞に載った詩をきっかけに海はある男子生徒と出会うのでした――。

久々のジブリはとてもよかった。「トトロ」や「ラピュタ」といった王道もいいけど、大人になってよさが分かるのが「耳をすませば」「おもひでぽろぽろ」と等身大の少女を描いたシリーズです。出生の秘密、初々しい青春、高度成長期の波と、静かに進む物語の中にいろんな要素が見え隠れします。最近、「マイバックページ」「ノルウェイの森」と立て続けに学生運動が盛んだった60年代を舞台にした映画が多く上映されています。「コクリコ〜」もそれを彷彿させる場面があります。学生運動に燃えていた彼らに共感できる部分もあります。ときたま現代の若者たちが彼らと重なって見えることがあります。一見無気力だったり、社会を斜に構えてみているような今の若者にも、実は体の奥から沸き上がってくる衝動のようなものが眠っているような気がします。いまは休火山のように静かに眠っているだけ。60年代のように無鉄砲ではなく、もう少し堅実に現実的に。それがいつかすごく大きな力になって日本を動かすような気がします。それに期待しているところもあるかも。
| たわいもない話 | 02:19 | comments(2) | trackbacks(0) |
不携帯ケータイ
agfa
大阪から戻って一週間になりますが、携帯の充電器を忘れてきたのに今日気がつきました。充電がなくなりそうだなーと思って探してみたら、なかったのです。てっきりしまい込んでしまったのかと押し入れの中を探していたら、電話がかかってきました。

「携帯の充電池、わすれていったでしょ」「はい、そうでした」

大阪でお世話になっていた人からの電話でした。この時ようやく大阪に忘れたのだと知りました。
その日の夜は、「農業と都市をつなぐ」をテーマにした交流会がありました。千葉の農家さんの家で知り合った子が企画したイベントで2年ぶりの再会でした。在学中に起業した学生さんや震災のボランティア団体を立ち上げた人たちなど30人ほどが小さな一室に集って、持ち寄った野菜やお肉を料理研究家をめざす男の子がその場で調理し、集まった人たちがそれぞれ活動報告をするという粋なイベント。農大の学生や卒業生が多かったのですが、つくづく多角的に物事を考えられる人が多いなと感心してしまいました。それはやはり人間が生きるための根源である'食’を、作る側の立場から実地を通して知っているからなのかなと思いました。

その中に高尾山の環境を考えるNPO団体の「虎十の会」の代表の方もいらしていました。高尾山は日本で一番植物の多い山です。そこにいま高速道路を通すためにトンネルを開けようとしています。デモのために座り込みをしているなどのニュースをこれまでも聞いたことはあったのですが、デモという言葉にピンとこない私はいまいち状況がわかっていませんでした。でも彼女の話を聞いたらすとんと腑に落ちました。

 山は人間に血が流れているのと同じように水をたえています。そこにボンと穴をあけてしまったら、人間の体から血が噴き出すように山から水が噴き出してしまいます。自然の中に人間が入り込んでいるのだから自然を壊しているのは事実。でも、だからこそこお互いが上手く譲り合っていかなければ共存はできない。これをやってしまったら山がだめになってしまうという限界までいってしまってはいけない――。

高尾山は小学校のころから遠足にいっている身近な山です。小さいけれどもとても魅力的な山です。隣の山も尾根伝いに行くことができて、そこから見る富士山は絶景です。うどんもおいしい。
高尾山を知る方から直接話を聞いてぐんとこの問題が身近な問題になりました。人間のエゴばかりを優先していてはいつか共倒れになってしまいます。
そんなこんなでつぎつぎ面白い話題が飛び出し、結局朝まで話はつきませんでした。その間、携帯はというと充電器を持っている人に借りてなんとか電池切れを免れました。そして今、私の携帯はまた電池切れの危機に瀕しています。これからは手紙かな。携帯のない生活もいいもんだと思っている今日このごろです。
| たわいもない話 | 20:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
0歳からのバーベキュ入門
mk
とある夏の日、川沿いのグラウンドではパキスタン人がクリケットに興じていました。川では原付で乗り付けたヤンキー少年が水と戯れていました。
川原は広く、場所は十分あるというのに何のもくろみがあってか、音楽をガンガンにかけて上半身はだかの南米系のおっちゃんが二人、私たちのいる場所のすぐ側に車を寄せてきて日光浴をしました。あまりにも暑苦しい姿にそっちをみないようにみないように努力するのですが、つい気になってみてしまいます。そうするとあちらもこちらを見ていて目があってしまいます。こちらはピザを焼き、友達お手製のカレーを食べているというのに、何やら視線を感じる。食べたいのか、何なのか少し気まずさを残しつつ、見ない振りをして食べつづけました。真っ黒に日焼けした子供達が川原を走り回っていてラオスのようでもあります。
大阪から夜行バスで東京に戻った日にそのままバーベキューに直行しました。朝、東京に降り立ったらすがすがしくて、そのまま電車に乗っていました。京王線の終点、橋本までいって、そこから単線の相模線にゆられて数十分。周りに見えるのは緑の田んぼと草むらばかりでのどかな光景にほっとします。心なしか都内より吹き付ける風も涼しいです。ここは日本か、はたまた海外か?なんとも多国籍な雰囲気が漂う場所で、私たちはバーベキューをしていました。
njnn
暑さすぎて火をおこすのもおっくうになってしまうようなだらだらのバーベキューでした。生まれてまだ3ヶ月という友達の赤ちゃんもやってきていました。1歳にならないうちからこんなとこに参加してしまうとは、いくらアウトドア好き家族といえどもどんな大人になってしまうのか、将来が恐ろしい。
njkkn
| たわいもない話 | 16:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
妄想膨らむ物件探し
花咲か我が家
このごろ家探しをはじめたらとまらなくなってしまいました。台所に窓があって、お布団とともに日光浴ができるベランダがあって、ちょっと庭いじりできる程度の庭があって。そんなのないよ、と思いきや都内、しかもど真ん中に理想とする平屋の一軒家が探してみればあるものですね。でも予算がちょっと、どころか大幅にオーバーしていて、住むのは妄想にとどめなければと思っていますが。
もう一つ、すでに契約済となっていましたが田園調布からすぐそばで、平屋で、3LDK、そして庭付きと私の条件にパーフェクトにあてはまる家がありました。しかも周りはちょっと鬱蒼とした森?庭木に囲まれていて、和室の部屋からの眺めがとても青々していました。古いけど大切に使われてきたんだなというのがわかる、昭和モダンな家でなんと家賃が7万円!という破格でありました。なぜに!?と思われるでしょうが、その訳は、3年後に建て替えをするのでそれまでという条件付きだからだそうです。それにしても3年住めるなら充分です。あー、早く見つけていればとくやまれます。

今日も不動産にいって数時間話し込み、お目当ての家を見せてもらって、どこに家具を置こうか配置を考えたり、窓からの景色を眺めたりしてきました。ネットでみた写真と丁目までのキーワードを頼りに物件を探し当て、外から覗くということをしたり、ここ連日、物件探しの旅に出ています。たのしくもあり、タイトな日程での決断を迫られ、そんな急なことをと、、苦しくもあり。いい家があればいいな、という軽い気持ちなのですが、いざ住むとなったら引っ越し作業やら、不動産との交渉やいろいろめんどくさいことも考えなければいけないのですからね。で、家に戻ってきても見学した家に住む自分を想像して、あそこのスーパーに買い物にいって、近くの公園に出掛けて、とバーチャル世界を楽しみ、おちおち寝てられません。すっかり寝不足です。

物件探しは家のみにとどまらず、最近は店探しまでにエスカレートしております。たまたま、まだ公開されていない、立ち食いそば屋の居抜き物件があって、そこが場所といい、狭さといい、とても理想的でした。ただ問題は時間とお金と、そしてこれからの人生プラン。店をやるなんてギャンブルをやるようなもんだな、と思います。カードゲームや競馬などのギャンブルはやったことないけど、自分の中のギャンブル魂(!?)がふつふつ沸き上がるのを感じました。いま、やらずして、いつやるって。一気に全ての決断が迫られ、何も起こってないのになんだか頭の中は大変です。
でもやるとなったら、1週間以内に返事をしないと間に合わないらしいです。来月まではすでに予定が入ってしまっていて、すでに刻々と時は流れ、それを理由になんとなくうやむやになって、この話がうたかたの妄想に終わるのは必須ですが、ここ数日、経営者になったらあれもこれも考えなければいけないと想像して、何ヶ月も売り上げがあるのかと心配してしまうようなネクタイ屋さんにまで店を続けてるってことはすごいことだ、と敬意の念を抱いてしまいました。同じ場所に何年も毎日居続ける。それはとてもすごいことだと思います。一カ所にとどまっていられない自分が果たしてそれをできるのか、少し試してみたいような気もしました。

※写真はイメージです。花咲かじいさんの家みたいでしょ。
| たわいもない話 | 01:04 | comments(10) | trackbacks(0) |
さくら東京タワー
mio
3月から月をまたいで4月になっただけで、一気に春がぐんと近づいたみたいです。久々に母親の運転でドライブしていると、桜があちこちでピンク色に染まり始めています。目にするたびにあっちだ、こっちだと指差し、「わーい、春だ、春だ〜♪」と助手席で大騒ぎしていたら、「あんた、こんなときでも幸せだねー。一緒にいると、いつ死んでもいいわという気分になるわ」と言われました。どういう意味なのでしょうか。

千葉の房総から親の友人が来たので東京駅までお見送りだったのですが、お見送りしたあと次の予定まで時間があったので、あてもなく東京ドライブです。いつも歩いて見ている景色も車窓から見るとまた違ってて、新橋のオヤジ聖地を拝み、お洒落な六本木ヒルズ界隈を抜け、ハチ公様の待つ渋谷へと抜けます。途中で東京タワーの横を通ったのですが、赤と白のあまりのビビットな色合いとどーんとそびえ立つ圧倒的な存在感に思わず、親と口を揃えて「登っちゃおっか!?」となり、すかさず駐車場に入りました。
駐車料金は10分100円。ということは1時間600円。あまりの高さに10分で帰ってこようか、と出発しましたが、近くの木造の教会の建物に目を奪われ、またしても桜だ、南極探検隊の犬の像だなんだといっているうちにとっくのとうに10分は過ぎていました。お金なんてなければないでなんとかなる。生きているうちに使わなきゃ損よー、そんなことをいっていつもちょっとした贅沢を許してしまうだめな親子です。結局1時間以上経ってようやく駐車場に戻って来たのでした。
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入り口では東京タワーの、のっぽくんがお迎えしてくれて、思わず記念撮影してしまいます。それをどこかの取材の人に撮られ、完全にお上りさんです。エレベーターにのってぐんぐん高度が上がるにつれ、駐車場に入れた車がミニチュアのように小さくなっていきます。母親と「わー、車、小ちゃい!」といってましたが、こんな所まで来て、なんで自分ちの車見て楽しんでるんだと我に返り、改めて360°見渡せる展望台からの眺めを楽しむことにします。右に見えますのは、建設中のスカイツリー。そしてビル群に埋もれた国会議事堂。東京湾に繋がるお台場。東京の主たる場所はここを数十歩程度歩いただけでまるっと見渡せてしまうなんて、すばらしいことです。ビル群がひしめき合う下界はまるでレゴで作られた世界で、東北では大変なことが起こっているというのも信じられないほど、静かな空が覆っています。空気が澄んでいれば富士山も見えるそうで、見たかった。

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親に会ったのは地震が起こって以来今日が初めてでした。会いにいこうと思えばいつでも会いにいける距離なのに、どうして3週間も会わずにいたのか不思議です。今日会ったのもたまたま電話がきて知り合いがきているからこない、といわれ、昨日でバイトもやめたし、ちょうど何も用事がなかったので実家に行ったのですが、その電話がなければたぶんこのまま数週間後も実家に顔を出さずにいたことでしょう。
親が「どこにいてもあなたが無事ならいい」とよく言います。地震直後に電話がまったく繋がらなくってその時はさすがに会いたいと思いましたが、一端電話がつながってしまうともう会わなくても平気です。大切な家族なのにひどいなーと自分でも思いますが、正直な気持ちです。そばにいなくとも、想いは伝わるのだと思います。この締め方、なんかの宣伝のようですね。

| たわいもない話 | 02:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハイといいたいのは山々
登山靴
「君たちは山ガールか」
「ちがいます・・」
「ではどういうのをいうのか」
「なんだろう・・」
「山にいる女子。きみたち、そうだろ」
「う〜ん。いやいや、イメージではもっとおしゃれな気がする」

おととい高尾山から下山して駅前で美味しいそばを食べようと蕎麦屋を覗いていたら、信号もないのに後ろからスクーターにのったおっちゃんが突然横付けして質問攻めです。わざわざとバイク止めて聞くほどのことでもないだろうに、山ガールとは何ぞやという妄想がはじまってついには山男の逆か!?と、留まることをしらない妄想に取り付かれて、聞いたら手っ取り早いという結論にいたったのでしょうか。聞いて満足したのか、話したあとにはなんだかすっきりした顔してスクーターで颯爽と去っていきました。いったいあのひとは・・。何歳になっても好奇心は大切。わからなかったらすぐ聞く、という小学生並みの実行力にしばし脱帽、おみそれしました。

山
それはさておき高尾山に登るのは去年の秋以来。平日に休みが取れたから静岡に魚たべにいこうよーといってた友達となぜか翌々日には山に登ることになっていました。長野にいたときに長野に住む彼らが買ったばかりの山靴をいとおしそうに磨いていたり、甲府からやってきた別の友達が山の漫画「岳」を7巻ももってきて、2度読みしてしまうほどはまったり、徐々に山へ心が傾いていた矢先で日帰り登山もいいなーと発した友達の一言を見逃すはずもありません。で、はりきって朝8時に集合して登り始めたのですが、早く集合したつもりがもう下山している人がいて、8時に登っている人がいえることでもないですが世の中上には上がいるなと感心。
かといううちらも昼過ぎに下山してたら、「もう下山?早く来たんだねー」とこれから登り始めるといった中年のおっちゃんに言われ、中途半端な立場のわれわれは苦笑いです。
でも昼過ぎに登りはじめても戻ってこれる気軽な山が都内にあるのはなんていいんだろうと再度高尾山のすごさを認識し、家帰ったら昼寝でもしようと気分よく家路についたのでした。
| たわいもない話 | 00:43 | comments(4) | trackbacks(0) |
百日咳と柴
柴
このごろはやるもの、柴犬、百日咳・・。
旅からもどって緊張の糸がするりとほどけたのか、1週間ほどたったころから夜になると咳がではじめとまらなくなりました。
咳がでるのであまり人に会うのもよくないと、なるべく人に会うのも控え、ある作家の小説を数冊一度に買い込み、ひがな読書にふけっていたのですが、その作家が描く小説というのがどの本をとっても登場人物のだれかしらが病に体を蝕まれ、いつでられるとも知れない結核病棟に隔離され孤独と向き合っていたり、ある日腰が痛いといって入院した友人がそのまま帰らぬ人となった・・という病弱の身には気が滅入るような話ばかりで、この咳もしや結核で、布団にころがったまま朝になっても起きてこないのをおかしく思った家族が気がついたときには時すでに遅しなんてこともあるのではないかと妄想に妄想が膨らみ勝手に恐怖に慄いたものでした。

とはいえ病状はといえば咳だけで、体はぴんぴんとしていて、あいかわらず毎日外に出回っています。昨日会ったともだちにそんなことを話していたら、どうやらこの咳、最近の流行風邪のようでその友達も5月に2週間ばかり苦しまされたということでした。咳がではじめるととまらず、どうにもならなくなるのですがのど飴も風邪薬も効かず、結局ただ帰って早く布団に入って、寝てを繰り返して気づいたら治っていたといいます。

ちょうど古書店でみつけた昭和49年第1刷の「しゅんの食物健康法」という、月ごとに薬効のある植物をおばあちゃんの知恵袋風に書き連ねていった面白い本があって、よんでいると百日咳の文字がところどころにでてきます。百日と言うことは3ヶ月だから、うちの咳はまだ1週間ぽっち。まだまだ2ヶ月していても大丈夫かと変に勇気付けられたりもしていました。さっそくなにが効くかとみていると効用のある植物、1月の部にキンカンがありました。

キンカン
百日咳でさえ、キンカン十個ほど煎じ、氷砂糖をとかして茶代わりに飲んでいると治ってしまう。

栽培可能な植物コーナーでは
オオバコ

12グラムを水3合で2合に煎じ、1日5、6回飲むと百日咳の妙薬になる
といいます。栽培するには種子をまくか、株ごと移植するのがよい。

そうはいっても、この時期、キンカンを手にいれるのは難しいし、オオバコを栽培するには先ず種を買わねばならない。うーん、どうしたものかと考えているうちに2週間がたち、気づけば咳もほとんどでなくなっていてました。どうやら20日咳あたりで終わりそうであります。そしていまは我が家にやってきた柴犬に夢中で咳をしている場合ではないようです。
| たわいもない話 | 12:30 | comments(3) | trackbacks(0) |
梅林と火のまつり
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梅の木が群生し、ぽっぽっと色づく山すそに、
ほら貝の音が響きわたります。
霙交じりの雨が降る生憎のお天気でしたが、
長瀞の火祭りはそんなことはお構いなしに始まりました。
燃えあがる火の中を渡ることで、
厄除けと宝福招来を祈願する秩父のお祭りです。

火祭り

口からでる息はまだまだ白く、
雪もまだ残る寒空でしたが、修験者の一人が裸足で歩み出で、
湯気がもうもうと立ち上る釜の前で仁王立ちしています。
朗々と声明を唱えはじめたと思ったら、
いきなり葉のついた枝をその釜の中にいれ、頭に振りかざしはじめました。

雄たけびにも似た気合の入った声と、その激しい動きに、
何が始まるのや、と見守っていた観客たちはあっけにとられていました。
目の前で起こっている現実を理解するまでにしばらく時間がかかり、
ちょっとしてまわりから、
あやや〜っという小さな悲鳴がわき起こりました。

火渡り


坊主にした修験者の頭は、熱さでみるみる間に赤くなっていきます。
ゆでだこのようになった頭で、
お次はぼうぼうを燃えあがる火の中を歩いていきます。
十数人いた修験者はそれに続けといわんばかりに、
祈祷の護摩を持って次々と火のなかに入っていきます。

一歩足を踏み入れるのに腰がひけている人や、一目散に駆け抜けていく人、
逆にいままでのみんなが演技だったんじゃないのかというほど、
無表情に一歩ずつ踏みしめるように進んで行く人。
渡り方も十人十色で、こういうときにこそ、
人間の性格がでるんだな、とついつい思ってしまいました。

いまは伝統を継承するために続いている祭りも多いような気もしますが、
かつての人々は心から願って修業に励んでいたのかと思うと、
その精神性には頭が下がります。
ところで今の人はどうなんでしょう。
見ている我々も、意外にメガネ男子が多い?カッパきてる・・、
などくだらないことが気になってしまっていけませんでした。

| たわいもない話 | 19:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
かつおくん
カツオくん
カツオくんみたいな頭だね、
といつか髪を切った日に友だちにいわれました。

ワカメちゃんの間違えじゃないか?とも思いましたが、
まあどっちも同じようなものです。
バリカンで後ろをちょっと刈り上げられて、触るとなかなかの感触でした。
今日、知り合いに呼び止められ、
マスオさんのカステラをもらいました。
サザエさんの旦那様です。
しげしげとみていたら、
なにか伝わったのかカツオくんと交換してくれました。

こないだは、別の友だちから鹿児島の銘菓をいただきました。
歩けば犬も棒にあたるとはいったもので、
うちは歩くとよく人からものをもらっている気がします。

もらったお菓子は透明の袋にはいっていて、なにも説明がありません。
賞味期限も書かれていず、得たいが知れません。
スポンジをぎゅっと凝縮したような形で、
表面は黄色く、つんつんとたった角がキラキラ輝いています。

菓子
一かじりしてみましたが、
表面は目玉焼きのちょっと焦げすぎた卵白の部分といった感じで、
ちょっと硬く、スポンジのようです。
見た目も味も正体不明なこのお菓子を、
ほとんど解剖分析するかのようにたべました。
あとで風の便りで、あれはカステラらしいと聞きました。

いま信長小説にはまっているのですが、
まさに彼の時代には、
こんぺいとうを食べただけで1年寿命が縮むといわれたほど希少なもの。
羨望のまなざしでみられたであろう、南蛮菓子かすていらに、
異国の味を感じました。
| たわいもない話 | 19:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
春まんかい
フキノトウと菜花
ここ数日、降ったりやんだりのうつうつとした天気が続き、
近所の梅も、満開の花をちゃんとお披露目する機会もなく、
雨にうたれて散ってしまったみたいです。

毎朝通る駅までの道すがらにあって、
毎年見事な紅白の花を咲かせてくれるのを楽しみにしていたのですが、
雨に濡れて地面に張り付てしまった花びらが掃かれていくのを目にし、
ちょっと心が痛みます。

今日は桃の節句。
つぼみばかりだった桃の木にも薄紅色の花がちらほら咲いていました。
梅、桃。。気づいた頃には桜も咲いていることでしょう。
まだまだ寒いですが春はじんわりとにじり寄ってきているようです。

寿司
千葉の物産会にいったのですが、
これまた春満開の見事なのり巻きに出合いました。

つくしが躍っていたり、異国の少女が描かれていたり、
去年、のり巻き研究に励んでいたうちとしては、
神業に近い完成度の高さに目を見張るばかりです。

食べてみてください、と試食を進められましたが、
恐れ多くて手をつけることができませんでした。

おすし
| たわいもない話 | 14:41 | comments(2) | trackbacks(0) |
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