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きじは&まーと Fullmoon Road Tour2

京都のゲストハウスで2段ベットの上下を分かち合った子と半年後、山梨の山奥のキャンプイベントで偶然再会したり、タイで出会った友達の彼が2年後にいったインドで撮った写真に映り込んでいたり(ちょっと怖い・・)、“引きが強い”とよくいわれる私ですが、ここ一年はそれが特に感じられる年でした。
土地が遠い、近いに関わらず、出会うべくして出会うということがあるんだなーと。

さて、そんなこんなで最近一番驚いたことがありました。
去年大阪で知り合った、ミュージシャンの村上きじはくんが関東ツアーを計画中、“どこか良い場所なーい?”ということだったので高円寺のカフェ「ぽれやぁれ」を紹介し、3月3日に投げ銭ライブをすることが決まったのですが、「&フェスタ」で音響を担当して下さった方が3月4日にイベント「Back Pachers Live」を主催するというので、そのラインナップを見ていました。すると、イベントにも出てくれた我らがバセルバジョン、そして飛び入り出演してくれたKentrowくんとともに、“きじは&まーと”の文字が目に飛び込んできました。
バセルバジョン、Kentrowくんは関東、きじは&まーとくんたちは関西を拠点に活動しているのでお互い知らないのだと思いますが、こんなところで友達同士が偶然共演を果たすとはびっくりするやらうれしやら。いつかセッションしてほしいなーと彼らが知り合う前から期待してしまいます。これは見に行かない訳にいかない、という訳でイベントの告知をさせてもらいます。どちらもすてきなライブになりそうなので、ぜひぜひお越し下さい!

「きじは&まーと FULLMOON ROAD TOUR2」

日時:3月3日(土)時間は未定(たぶん夕方)
場所:高円寺カフェ「ぽれやぁれ
   杉並区南3-44-16 
  (高円寺南口をでて、右手にあるPal商店街をずっとまっすぐ。ビレッジ バンガードを右折して、セイユーから70歩くらい歩いた左手)
料金:投げ銭


きじは -profile-
1987年、京都・静原のキャンプ場、ティピの中で生まれる。
父は楽器職人、母は占い師、姉は大道芸人、ロック好きな妹に囲まれ育つ。
しばらく「サイクラブ☆」のギター&ラップ担当で音楽の旅をしていた。
その後ソロや、近年ではミクスチャーバンド「THE BORN」として活動。
野外イベント「PEACE CAMP」の主催をするなど。
ギター片手にゆるく、熱く、そして優しく歌いあげる。
http://www.myspace.com/kijiha

まーと -profile-
歌い手兼打楽器奏者。
19才の頃より地元福岡でシンガーとして活動開始。
99年渡米。Kevyn Lettauに師事しジャズ、ブラジリアンヴォーカルに傾倒していく。
一旦帰国後04年に再び渡米。Jerry Steinholtz、Randy Gloss等に師事し、世界中の打楽器を学ぶ。
福岡にて数々のミュージシャンをサポート。
上京後紆余曲折を経て、Acoustic jam band 天草(tengusa)を結成。
それを機に拠点を伊豆に移す。
現在MAKANA、nejimakiのメンバーとしても活動中。
Fuji Rock 08、頂、山水人等数々の野外フェスティバルから日本中の小さなカフェまで津々浦々に音を届ける旅を続けている。


「BACKPACKERS LIVE」
時:3月4日(日)14:30〜(14:00開場)
場所:吉祥寺CLUB SEATA
料金:3,000円(前売り2,500円、ドリンク別途500円)
きじは&まーとのほかにも、&フェスタにも出演してくれたバセルバジョン、kentarowくんも出ます!
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 05:49 | comments(2) | trackbacks(0) |
&festaにお越し頂きありがとうございました

 先日はチャリティーイベント「&フェスタvol.2」にご来場いただき、誠にありがとうございました。当日は快晴に恵まれ、スタッフも含め来場者は253人、集まったチャリティーは70,246円となりました。至らない部分も多々あったかと思いますが、たくさんの方から“イベントに参加できて良かった”“続くイベントにしてください”と励ましや応援の言葉を頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。御礼が遅くなりましたが、イベントとチャリティーで集まった義援金の使い道について下記にご報告させて頂きます。

 2階で行われたライブ&トークショーでは、昨年4月の「&フェスタVol.1」で集まった義援金を元に行った気仙沼・唐桑での炊き出し報告に続き、バセルバジョン、一期JAM、正太郎、TAYUTAのライブを行いました。フォトジャーナリスト・小原一真のトークショー「福島第一原発と作業員、そこにある暮らし」では会場いっぱいになるほどの人が詰めかけ、原発内で働く作業員のポートレートを撮り続ける彼の話に熱心に耳を傾けていました。20代の彼が見てきた「フクシマの今」は来場した同世代の胸にも深く響いたようで、とても勉強になった、知らないことがたくさんあった、という感想が寄せられました。

 集まった義援金は主催メンバーと話し合い、5月の連休を使って唐桑の炊き出しを行った避難所(いまは仮設に移っているので空き家)でお花見に使わせて頂くことにしました。
 ちょうど昨年炊き出しにいったのが4月30日〜5月にかけてのゴールデンウィークの時期で、東北は桜の季節でした。毎日生きことで精一杯で、お酒を飲めるような気分にもなれなかったといいますが、この日、ようやく避難所の広場にある桜の木の下でお花見をして、震災以来初めてお酒を飲んだそうです。酔っぱらって頬を赤くしたおじちゃんが、千鳥足でふらふらしながら笑顔で炊き出しに向かった私たちを出迎えてくれました。そのおじちゃんの顔をずっと印象に残っています。

 2週間前に今の気仙沼がどうなっているのか、炊き出しで出会った唐桑地区の人たちに会いにいってきました。避難所で生活していた人たちは仮設住宅に移り、それぞれの新たな暮らしが始まっていました。避難所を率先して仕切っていたおばちゃんの家でも牡蠣の養殖業を再開し、復興に向けて頑張っている姿がありました。「唐桑の牡蠣はおいしいぞ。今度来たら食べさせてやるからなー」。彼らに会う度に、励ますのではなく、私たちが励まされて帰ってきます。美味しい牡蠣がたべられる日が1日も早く来るように、私たちも遠くから微力ですが応援していきたいと思っています。お花見のご報告はまたこちらでUPさせて頂く予定です。これからも「&フェスタ」の活動を温かくも見
守って頂けたら幸いです。ありがとうございました。

一期JAMライブ


ハーブボールワークショップ


ライブスペース


エントランス


物販スペース
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| 東北←→東京『&フェスタ』 | 09:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
2月4日「&フェスタvol.2」@浅草・ライオン
昨年、埼玉の川口で行ったチャリティーイベント「&フェスタ」の第2弾を準備中です。
今回は都内進出!2月4日に浅草のライオンビルで行うことになりました。
これまでも公私ともに、いろいろお世話になっているライオンビルさんと、去年知り合ったたくさんの人たちも含め、沢山の仲間たちとイベントができることをいまからとても楽しみにしています。

ライブ&トークの内容はかなり充実。イベントの趣旨に賛同してくれた「TAYUTA」がライブに初登場です。
また前回、被災地のレポートをしてくれたカメラマンの小原一真は、現在、福島の原発問題を取材中。『福島第一原発と作業員、そこにある暮らし』(16:00〜、定員50人)と題し、私たちと変わらない年代も数多く働いている原発の実態、労働環境など貴重な話が聞けるかと思います。ぜひお越し下さい。

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復興支援チャリティーイベント
『&フェスタ in浅草ライオンvol.2』


一人ひとりが「&」でつながり「安堵」してくらす

そんな日が一日も早く訪れますように

私たちができること

歌って、笑って、そして想うこと



日  時:2012年2月4日(土)
開催場所:浅草・ライオンビル
     東京都台東区雷門2-11-10(銀座線浅草駅2番出口3分)
入場料 :800円(冊子付、終日出入り自由)

イベントの売り上げの一部と、チャリティーフリマの売り上げ&募金箱に集まった金額全額を義援金とし、宮城県気仙沼市唐桑町の復興支援のための活動費に充てさせて頂きます。

企画主旨:
震災から1年が経とうとしている今、自分の身近にいる人が3.11をどう受け止め、どんな暮らしをしているのかが気になりました。気仙沼にいる友人の少しでも役に立ちたいと昨年行ったチャリティーイベント「&フェスタ」の第2弾を現在、準備中です。ライブあり、石鹸やアクセサリーなどの物販あり、美味しい食べ物いっぱいの手づくりイベントです。トークショーでは福島の原発問題を取材するカメラマンによるトークショーも予定しています。イベントを楽しみながら少しでも震災について考えるきっかけ、復興への手助けができればと願っています。友達や知人を誘ってぜひお越し下さい。


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 ライブ&トーク
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12:00〜『&フェスタvol.1』報告会 
『&フェスタvol.1』(2011年4月開催)後に行った気仙沼・唐桑地区での炊き出しレポート。

13:00〜 ライブ:バセルバジョン(オーガニックバンド)
サガミオーノ・ルーツ・ミックスド・グルーヴ! 人数不詳、内容不詳、愛車はプジョー、バセルバジョン!地上で活動する地下組織、バセルバジョン!覆面を忘れてきた覆面集団、バセルバジョン!2012年末、マヤの予言まで活動中。


15:00〜 ライブ:一期JAM(ジャンベ)
陽気なジャンベ集団。人生は一期一会、人生はJamSession! 出会いとアフリカングルーヴを体感してください♪


16:00〜 トークショー:小原一真(フォトグラファー)
『福島第一原発と作業員、そこにある暮らし』(定員50人)
原発内の労働環境。そこで働く人がこれまで築きあげてきたもの、震災後に失ったもの、そして新たに築き始めたもの。東北の被災地、原発問題を取材するフォトグラファーが現地レポートを行う。

17:00〜 ライブ:正太郎(アコースティックギター)+バセルバジョン
唄って走る社会科教師!


18:00〜 ライブ:TAYUTA(バンド)
ゆらゆらゆれ動いて定まらない、という意味の「たゆたう」から名付けられたワールドアコースティックバンド。ナチュラルな亜熱帯ソウルサウンドを奏でる。




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 出店リスト
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フラワーリース『八ノ花』
国際トータルフローリスト協会受講生による“復興”の願いを込めたリース


石鹸『TUNAGU SOAP』
「人にやさしいは自然にもやさしい」。人と自然を繋ぐナチュラルな手づくり石鹸。


ネイル『nail salon alma』
高円寺でネイルやってます、あるまです。出張もしていますので、いろいろ相談に乗ることも可能です!気軽で簡単にできるネイルですので気分を変えたい、初めてネイルを体験してみたいと思った方は体感してみて下さい!お待ちしております。
フェス価格1500円(2パターンのみ)


手づくり蜜蝋キャンドル&ヘアアクセサリー『ルピルピ』
高円寺のカフェ『ぽれやぁれ』で蜜蝋のキャンドルを販売しております。ゆっくりゆらめく温かなロウソクの火を感じていただけたら嬉しいです!ヘアアクセサリーもオリジナルで世界に一つだけの物です!


草木染め手ぬぐい『仕草(shigusa)』
長野で注染という技法で作っている型染め手ぬぐい。長方形の中に物語をつめこめたらと。


小物『Mukaaka Craft from ウガンダ!』
ウガンダ産の木の実を使用したピアスやブレスレット+アフリカの生地を使った小物。


布小物『メケメケ』
ポーチやコースターなどビンテージの布や着物生地などで作った小物、リネンのエプロン、ベビー用スタイを販売。


『&フェスタ手芸部』
チャリティーフリマのチームによって急遽結成された“手芸部”。ラビットファーを使ったバックや小物が登場。


レザー小物『toi』
おもちゃみたいなレザー小物。

手作り雑貨『Kira kira KAROWA
キラキラサンキャッチャー、消しゴムはんこ、手作り雑貨の販売。

『スジャータプロジェクト』
震災で被災した気仙沼の地福寺の片山秀光住職が絵を描かれた手ぬぐいを、臨済宗円覚寺派・建長寺派の若手僧侶が中心となっている『スジャータプロジェクト』で販売しています。収益は震災復興のために使われます

『豆腐屋さんのチャリティー納豆』
国産大豆を電気を使わずにゆっくり発酵させて作った大粒納豆です。お豆の柔らかさと、香りをお楽しみください。その他、おからで作ったスイーツを販売予定です。


『つなぐ菓子店』
卵や乳製品などを使わない植物性の体にやさしいお菓子を作っています。




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 フード
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「ぽれやぁれ」(高円寺・カフェ) 
ココナツカレー 、キッシュ


「I&I」(栃木県鹿沼・カフェ)
ジャマイカンパティ、アイタルスープ
栃木県鹿沼市にある野菜中心で体に優しいお食事を提供しているカフェです。出店特別メニューにジャマイカンベジ料理をご用意します。


「Taqueria カランコロン」(川越・タコス専門店)
メキシカンタコス屋さんです。手軽でおいしくてあったかいタコス2種類。
・豚肉とサボテンのチレアンチョ(辛くないチレ)のタコス
・たまごとサルサメヒカーナ(トマト、たまねぎ、ピーマン)のタコス
手づくりのとうもろこしの皮はやわらかくて良い香りです。ぜひ本場メキシコのタコスを食べにきて下さい。


「虹たね食堂」
じゃがいもチキンカレー、ベジタブルカレー
料理が大好きな「虹たね」の仲間がカレーを作ります。

※料理は売り切れ次第終了となります。


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 マッサージ
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タイの風をたっぷり感じるマッサージ30分 2000円 (延長、大歓迎!)
タイマッサージ、トークセンこと木槌のマッサージ、ハーブボールマッサージなど
<涅槃で半寝 60分>
♦11:00〜♦2000円
あなたも気軽にタイマッサージができる!タイ古式マッサージを元にしたマッサージで身近な人の癒し手になれます。無理に力を入れなくてもグデグデで脱力するほど気持ちいいマッサージができる様になります。


<手作りハーブボール体験 60分>
♦12:30〜♦2000円
昔からタイで愛されてきたと〜っても気持ちの良いハーブボールの作り方と、毎日の生活に簡単に取り入れられるセルフケアの方法をご紹介します。野生のタイハーブとヨモギなど身近な日本の野草をミックスしてオリジナルハーブボールを作り、ハーブの恵みと香り、更に温熱効果でじんわりと温まる心地さを味わってください。


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 ヨガ
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『Irie Shanti Yoga』 講師:ゆり絵
♦14:00〜15:30 ♦定員15人 ♦1500円
持ちもの/動きやすい服装、あればヨガマット、水
内容/ゆったりめのヨガクラス。呼吸、瞑想、アーサナ(ポーズ)を通して心と体に溜まって
いる緊張を手放していきましょう。初心者もWelcomeです。
※事前申し込みも可→メール(yulihey@docomo.ne.jp)で氏名、電話番号(件名に『浅草ヨガ
申し込み』と記す)をお伝えください。


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 フラワーレッスン   ※参加者募集中!
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『初心者でもできるキュートなアレンジ:フレンチドーム』

①10:30〜12:00 
②12:00〜13:30
♦定員各15人(予約) ♦2500円(制作したお花は持ち帰れます)
持ちもの/持ち帰り用バック(底にマチがあるもの)、あれば花用バサミ 
内容/花の水切りの仕方からアレンジのコツまでアドバイス。生花を使って、こんもりとした半円球のフレンチドームを作っていきます。指導は国際トータルフローリスト協会受講生が担当。

※当日の花材は異なりますが、ラナンキュラス、ミモザなどを中心に使ったアレンジを予定しています。

【申し込み方法】
電話またはEメールにて受付(2月3日18時まで)。
☎の場合は、『&フェス実行委』せど(☎090−6511-0980、17:00〜)
Eメールは、『&フェス実行委』せど(sedooo@hotmail.com)宛(件名に「花ワークショップ希望」と記し)で氏名、電話番号、希望の時間帯をお知らせください。


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 チャリティーフリマ 物品募集中!
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♦10:30〜日没前まで
※フリマの売り上げは全額、被災地での義援活動に充てます。

※チャリティーフリマ物品募集中!
家に眠っている服や雑貨、本などのご提供をお願いいたします。その際、お手数ですが事前に商品の値付け(100円単位)をお願いします。

※商品の値付けについて※
・商品一つひとつに対してわかるように、取れないように値札を付けて下さい。
・100円単位での値付けをお願いします。
・付けていただいた金額がそのままチャリティとなりますが、他の商品との兼ね合いにより、こちらで値段を調整させて頂く場合がございます。
・売れ残った商品はこちらで処分させていただきます。
(リサイクル等できる限りチャリティに還元できる形で処分致します)

《郵送の場合》
日時指定2012年2月3日(金)午後3時〜6時着で、〒111-0034東京都台東区雷門2-11-10 another day株式会社(商品欄に『&フェス・フリマ物資』と記載して下さい)宛にお送りください。
・送料は自己負担でお願いします。
《持参の方》
・イベント当日、正午までフリマ会場で受け付けます。

【来場者へのお願い】
・できるだけ公共の交通機関をご利用ください。車でお越しの方は近隣にパーキング(有料)も。
・マイバック、マイ箸、マイカップ、マイ皿持参も大歓迎!


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 お問い合わせ
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「&フェスタ」実行委 担当:せど
sedooo@hotmail.com
☎090-6511-0980 17:00〜が比較的通じます
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 14:21 | comments(2) | trackbacks(0) |
「東日本大震災9.11 小原一真現地報告会」のお知らせ

7月に関わらせてもらった大阪"photo gallery Sai”での写真展「東日本大震災9.11 小原一真写真展」ですが、その際は沢山の友人や皆様にご来場頂きまして、本当にありがとうございました。
東北の被災地に暮らす人々を中心に取材を続けてきた彼ですが、写真展を終了後には初めて福島に足を踏み入れています。そこで福島第一原発の内部の撮影に成功し、フォトジャーナリズム誌9月号「DAYS JAPAN」で発表。海外のメディアで取り上げられるなど国内外からさまざまな関心が寄せられています。彼が写真展でも一貫して見つめてきたのは「被災地で暮らす人々の姿」です。一人の若者として、一人のカメラマンとして彼が見てきた被災地、そして福島の今を伝えます。関東にお住まいの方には少し距離がありますが、ぜひ足をお運び頂ければと幸いです。

以下
小原一真ウェブサイトより転送

「東日本大震災9.11. 小原一真現地報告会」のお知らせ
«Frontline in Fukushima |

 震災から6ヶ月以上経過した被災地の現状をフォトジャーナリスト小原一真が写真と動画によるスライドショーでレポートを行う。6月18日から大阪にて開催された写真展「東日本大震災 3.11. 小原一真写真展」に続く現地報告会。ポートレート写真に写し出された被災者の半年後の生活。そして、今なお不安定な状況が続く福島の状況を伝える。

○開催日時 
2011年10月9日(日) 
13:30 OPEN
14:00〜15:00【 第1部:岩手県/宮城県】
15:15〜16:15【第2部:福島県】

○入場料 1,000円

○場所 photo gallery Sai  553-0002 大阪市福島区鷺洲2-7-19
tel&Fax: 06-6452-0479

報告内容関連記事
The Guardian : Inside Fukushima
DAYS JAPAN : 原発で初めて写真取材に成功
ZDF : Atomkatastrophe in Japan

前回展示内容
JAPAN TSUNAMI VICTIMS
http://kazumaobara.com/2011/08/japan-tsunami-victims.html
JAPAN TSUNAMI VICTIMS-Portrait-
http://kazumaobara.com/2011/08/japan-tsunami-victims--portrait-.html

○お問い合わせ 小原携帯 080-3125-5346
または当サイトの「Contact me 」から
※当日は小原一真の福島第一原発での取材内容が掲載されているDAYS JAPAN9月号の販売も行う予定です。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 00:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
子供につたえる 〜大阪/写真展便り〜
mklm
小原くんの震災をテーマにした写真展の受付をしていたら、自転車で通りがかった小学生の女の子と目が合いました。何をやっているのかなといった様子で覗いていたので、「入ってみる?」と声をかけると、しばらくどうしよっかともう一人の友達と相談の場が設けられ、少しして中に入ってきました。

難しい漢字があったらいってね、と言うと「はい」と控えめにうなずいて、入り口に入ってすぐの文字ばっかりの長い挨拶文を一生懸命読んでいました。
さっそく分からない文字があったようで、お呼びだしがかかりました。分からなかったのは、「残酷」「癌」という言葉。そのまま読んでもわからないかなと思って簡単な言葉に置き換えて教えてあげましたが、このとき文字って酷だなと思いました。この漢字を読んだだけで、心にずしん、と突き刺さるものがあります。子供たちが読んで、すぐに読めないのがせめてもの救いのような気がしました。だから難しい漢字にしてあるのかもしれないと思ったりもしました。

写真展は震災の爪痕を残す生々しい風景ばかりを見せても、人を傷つけるものでしかないと、現地の風景は最小限にとどめ、被災地に暮らす人々のポートレートを中心に展示しています。それでも現実は現実。ガレキに埋もれた小学校や何も残っていない自分の住んでいた場所に立ち、泣き崩れる人の写真が入り口に飾ってあります。その写真を前にする小学生を見ていたら、どんなことを考えているのか、少し不安になりました。その後ろ姿に掛ける言葉はありませんでした。

ポートレートの中には彼女たちと同い年くらいの小学生の姿もあります。撮影をしてきたカメラマンが彼らの写真を見せながら、「本当は学校で卒業式をやるはずだったんだけど、避難所になっちゃったからできなくなっちゃったんだよ」と写真を撮ったときの状況を説明していました。子供たちは聞いたことに返事をする程度で口数少なめでしたが、一つずつ写真をじっくり見ていました。

彼らが帰っていく姿を見送って、小原君と二人して思わず大きなため息をつきました。子供たちにこの写真をみせたことがよかったのか、どうか。戸惑いと後悔が混ざったような不思議な感情になりました。震災について、彼女たちの学校では校長先生から少し話があっただけで、特に授業でこのことを取り上げることもなかったと言います。

「写真展を見に来てくださった方々の中に、震災とどう向き合ったら分からないという方が多くいらっしゃいましたが、子供はなおのことそうなんじゃないかと思います。展示期間中に5人ほど子供たちが見に来てくれたのですが、担任の先生から震災の話を聞いていないと子供たちがいっているのを聞いて、情報の善し悪しは別として、ある適度の判断基準を子供たちにも与えてやるべきなのではと思いました。その答えが出るのは10年後、20年後になるかもしれないけれど。その判断材料がここにきた子供たちにはなかったんじゃないかな、と思いました。だから一枚一枚じっくりみにいったんじゃないかなと」。
今回の写真展がきっかけで、写真展が終わった一週間後に、教育にたずさわる方々を招いて勉強会が開かれました。そこで、被災地のレポートと写真展をふまえてどう子供に震災のことを伝えていくべきか、カメラマンの小原君は、彼なりに感じたことを話していました。

写真を見にきてくれた小学生ですが、翌々日にまた顔を出してくれました。今度は別の友達も一緒です。2度目も前回同様、口数は少ないものの、友達とじっくりと時間をかけて見ていきました。彼女はどんな風にして友達を誘ってきてくれたのだろう。写真をみて心を閉ざしてしまうのでなく、彼女は他の子に話をしてくれたのだと思うと、今度は後悔でなく、安堵のため息が出ました。子供に震災のことを伝える、ということは難しいことですが、ちゃんと大人たちも事実に向き合い、考えていかなければいけません。ゆっくり時間がかかっても、少しずつ話していけたらいいと思います。

njknj
半月近く行われた写真展は7月3日をもって無事終了致しました。勉強会、打ち上げ、片付けを終えて、ようやく一段落といったところです。来場者数は450人に達し、来ていただいた方に沢山の感想も頂きました。一つずつ読んでいくと、さまざまな思いをもって会場に足を運んでくださったことがわかります。戦争や神戸の震災を体験するなど数々の経験をされて、それでもそれを乗り越えて来た方々もたくさん出会いました。私もこの写真展に関わって感じた、考えたことを忘れないように少し、まとめようかと思っています。
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 13:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
何はともあれ旨い酒と〜大阪/写真展便り〜
jioj
写真展初日に愛知から来てくれた女性から、数日して小包が届きました。「庭でとれたのであんまり甘くないかもしれませんが」と手紙が添えられ、たくさんの枇杷が入っていました。甘すぎず、酸っぱすぎずちょうどいい甘さ。冷蔵庫で冷やして食べました。毎日食べてもまだまだたくさんあったので、お客さんが大勢来たときに枇杷の寒天ゼリーにして出しました。流しいれた器の底が枇杷で見えないほど敷き詰めた贅沢なデザート。砂糖でほんのり味付けした寒天は目にも涼しげです。
mmnnn

ここにいると美味しいものが集まってきます。畑で働く知り合いのおにいちゃんがでっかいズッキーニやタマネギ、じゃがいもを持ってきてくれたり、友達が寝る間も惜しんでチーズケーキを焼いてもってきてくれたり、パンが食べたいっていたら近くの美味しいパンを買ってきたよ、美味しそうな食パンを差し入れてくれたり、みんなの優しさに愛情を感じます。大阪で何をしてきたのかと問われれば、間違えなくみんなと旨いものを食べていた、と自慢できます。大阪らしいものかというのは別にして。

mkom
焼きたても美味しいけど、翌朝冷やしてたべたらもっと美味しかった。2度おいしいチーズケーキでした。

写真展のイベントとして、カメラマンによる東北の被災地レポートがありました。レポートを終えたあとは東北の地酒を飲んでみんなで語らう時間に。この日のために封切りを待っていた「あさ開き」はやさしい口当たりの日本酒で絶品でした。岩手のお酒「南部美人」は大好きなお酒の一つですが、飲もうと思ったときにはすでに空っぽでした。岩手、いかねばな〜。
njknjk

みんなが用意してくれた料理たちがあまりに美味しそうなので、思わず写真に収めてしまいました。
momko
チキンの甘辛煮
njn
水菜と天かすのサラダとトウモロコシ
njnnm
採りたて野菜の炒め物
mjon
差し入れのお寿司でちょっと贅沢なある日の夕食
mkom

いっぱいの料理に囲まれていたら、料理熱が刺激されました。東京に戻っていろいろ作ろおっと。

(追加)
打ち上げのときにもまたまた沢山お料理つくりました。一升のご飯を炊いて、お寿司やお稲荷さん、おにぎり。お料理を教わったり、教えたり、お料理は何時間やっても楽しいですね。生春巻きも野菜巻きに苦戦しながらも20本以上作っておいしくたべました。
mji
オムレツおむすび
jnjk
ニンニク醤油で味付けしたささみは香りがそそります。
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| 東北←→東京『&フェスタ』 | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日のがっちゃん 〜大阪/写真展便り〜
gachaギャラリーの看板猫、がっちゃんです。お散歩から帰ってきたと思ったら、人の膝にひょこんと飛び乗り、居心地良さそうに眠っています。

そうかと思えば、こんなこともありました。
jio
台所にいくと、食パンの袋が床に横たわっています。その様はさながらコンテンポラリーアートのようにシュールです。流し台の上においてあったはずの食パンがどうしてこんなところに。現場検証をした結果、正方形のパンの一辺が見事にかじりとられていました。しかも4枚分・・。当の犯人はそ知らぬ顔で横を横切っていきました。

まあ、そんな訳で今日も玄関でお待ちしておりますわ。
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| 東北←→東京『&フェスタ』 | 12:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
初日 〜写真展「東日本大震災03.11 小原一真展」〜
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友達の写真展「東日本大震災03.11 小原一真写真展」が大阪ではじまりました。

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カメラマンの彼は大阪に2年ほど住んでいたとはいえ岩手出身で、手伝いの私も東京からやってきて、駅からギャラリーまでの道案内もままならない・・という完全アウェー状態。新聞の取材を受け、問い合わせ先に携帯番号をのせたはいいものの、会場への問い合わせの電話がかかってきてもちゃんと道案内ができず右往左往しっぱなしでした。

そんなどきどきのスタートで始まったのですが、オーナーの人望でギャラリーに集う仲間たちがつぎつぎ現れ、近所の食堂に食事がてらチラシを配ってくれたり、お腹空いてないかとお菓子を持ってきてくれたり、飲みに連れていってくれたり、とてもよくしてくれました。
毎日誰かしらやってきて、寝る間も惜しんで夜な夜な熱いトークを交わし、連日寝不足になりながらも実り深い話ができたのがなによりです。

mkol被災地から離れ、関東よりもっと遠く離れた土地で震災の写真展を行う。私も手伝いという立場ながら、大阪の人達がどんな反応を示すのか、正直ちょっと怖かったです。でも見にきて、写真をみることで東北がもっと身近になった、大阪で写真展をやってくれてよかった、と感想をくれる人がいました。
初日に予定されていたオープニングパーティーには雨にも関わらず、30人近い人が駆けつけてくれました。フロアトークが始まると、周りの音を打ち消すかのようにどしゃぶりが降りだしましたが、なんだかとても気持ちのいい雨でした。

mkol
パーティーのお料理は、3日前に知り合ったばかりですっかり意気投合してしまった友達が丹精こめて作ってくれました。力作!
mom
一日漬け込んで、味噌豆腐作りました。
njnbhbj

新聞の社会面に大きく取り上げられました。ラジオの取材も受け、翌日にはそれを聞いた、見たという人が訪れ、情報の速さには驚かされます。そして新聞の読者は来るのが早い。12時オープンなのに大抵一時間前にはやってきていました・・。朝5時に朝刊で読んで、滋賀からやってきた、というおじいちゃんもいました。
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小原一真ウェブサイト  http://kazumaobara.com/
| 東北←→東京『&フェスタ』 | 17:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
写真展「東日本大震災 03.11.小原一真写真展」@大阪
「&フェスタ」小原一真写真展(写真は「&フェスタ」の展示模様)

震災復興のチャリティーイベント「&フェスタ」がきっかけで、たくさんの人たちに出会いました。音楽を奏でる人、食べ物を作る人、家具を作る人、そして会社勤めをする人。世の中にはいろんな人がいて、それぞれが今すべきことをしながら日々を生きていること。当たり前のことなのになんだか不思議だな、と思ってしまいました。イベントで来た友達が今、被災地にいっていたり、出演してくれたミュージシャンがライブのために練習を頑張っていると連絡をくれたり、将来について悩んでいたり、みんながみんな同じ方向を向いているわけではないけど、それぞれが自分の方向に向かって突き進んでいくのを見て、みんなの動向を耳にする度にとても励みになります。

写真家の小原くんも、このイベントがきっかけで出会った一人。大阪で金融の営業マンとして働いていた彼ですが、震災が起きて一週間後には仕事を辞めて家族や友達がいる東北へ向かいました。車で被災地を回り、車中で寝泊まりしながら取材を続けました。家族や家をなくし、悲しみに暮れる人に対してカメラを向けるなんて、無神経でひどい人間だと自分を責めたこともあったそうです。それでも一人でも多くの人に被災地の現状を「伝えたい」という想いに突き動かされるまま、カメラを下ろすことなく撮り続けました。「&フェスタ」でも40点ほどの写真を展示し、トークショーでは被災地の生の声を届けてくれました。

彼の写真からは被災地に暮らす人の気配が伝わってきます。そこで私たちと同じように暮らす人々がいて、家族があって、同じように生きているのだということを伝えてくれます。テレビのブラウン管や紙面を通してみていた「被災地」より、もっと身近でなにも特別な場所ではないことを知らせてくれます。

「大阪で写真展をしたい」というのが出会ったときから彼が口にしていたことでした。今回、縁あって大阪にいる知り合いのギャラリーで写真展をすることが決まりました。
今月の6月18日〜7月3日まで、大阪の「ギャラリー・サイ」というフォトギャラリーで行います。東京から少し距離はありますが、夜行で3000円足らずでいけるバスも出ています。ギャラリーのある福島は大阪から環状線で1駅で、「売るけど占い商店街」という妙なキャッチフレーズのついた商店街もあって、掘れば掘るだけ面白いものがみつかる街です。近くには素敵なカフェもあります。6月中は私も会場にいますので、遊びがてらぜひお越し下さい。トークショー等のイベントも企画してます。大阪に知り合いなどいましたら、告知もよろしくお願い致します♪

<写真展の詳細はギャラリーsaiで。以下HPより転送>

「東日本大震災03.11.小原一真写真展」

3月11日、
この日を境に全ての在り方が変わった。

「東北出身のフォトジャーナリストとして一般ニュース報道とは違う視点で復興の為に出来ることはないか」

岩手を故郷に持つ若き写真家は、その思いを胸に勤めていた仕事を辞め、大阪を飛び出し岩手/宮城県の被災地取材を開始した。彼は言葉を交わしながら被災地の人々といくつもの出会いを繰り返してきた。

3月11日の震災から二ヶ月が経った今、私たちは遠く離れた大阪から被災した人々のことをどれだけ想うことができるだろうか。

「誰かその土地に暮らす人と知り合った時、その場所は自分の世界の一部になる」

だとすれば、被災地の人々と出会うことでその場所を私たちは自分の世界の一部にできるのではないだろうか。まず、出会うこと。被災地から届けられた肖像写真に出会うこと。そして、彼らの言葉に耳を傾けること。そこからはじめてみてはどうだろう。
(ギャラリーサイ)

【オープニング・レセプション】
日 時:6月18日(土) 19:00 〜(入場料のみで参加) 
写真家によるフロアトークの後、ささやかですがパーティをご用意しております。皆様お誘い合 わせの上、ご参加ください。
   
【 関連イベント】
トークショー『現地レポート 〜被災地の肖像〜』
悲惨さだけでなく、力強さだけでなく、無力感や誇り、被災地に在る様々な感情を捉えようと  対話を重ねて撮影を続ける小原さんから現地の生の声を届けていただきます。

日 時:6月25日(土) 13:30〜 / 18:30〜
参加費:1,000円(入場料 + ワンドリンク)
※復興支援として東北の地酒もご用意させていただいております。

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「東日本大震災03.11.小原一真写真展」

日時 :6/18(土)〜7/3(日)
入場料:500円(小人無料)
時間 :12:00 - 20:00 
定休日:木曜日
会場 :「photo gallery Sai(フォトギャラリー・サイ)」
〒553-0002 大阪市福島区鷺洲2-7-19
tel&Fax: 06-6452-0479
mail : info@photo-sai.com

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東北出身のフォトジャーナリストとして一般ニュース報道とは違う視点で復興の為に出来ることはないか。3 月14 日、その思いを胸に大阪を飛び出し岩手/宮城県の被災地取材を開始した。
悲惨さだけでなく、力強さだけでなく、怒り、誇り、無力感、被災地に在る様々な感情を捉えようと対話を繰り返した。家族を亡くした人。生き残った事を悔やむ人。家を失った人。家が残った事を罪に感じる人。被災地には死亡者数や行方不明者数の数値では計れない、一人一人の被害の形がある。私たちは数字の大小で被害の大きさを嘆くのではなく、数字の数だけ被災者の生活の形があることを想像しなければいけない。

本写真展が被災地から遠い関西の地で被災者の方と向き合う機会となり、一日も早い復興への支援となることを願い写真展を開催します。

小原 一真  (おばら・かずま)
フォトジャーナリスト。
1985年 岩手県盛岡市生まれ。宇都宮大学国際学部卒業。在学中は中米、アフリカ、東南アジアをまわり、写真展/ドキュメン タリー上映会を行う。2009年より金融機関の営業職に従事しながら DAYS JAPAN フォトジャーナリスト学校を卒業。2011年3月、 東日本大震災を期に退職し、フリーランスのフォトジャーナリストとして活動を開始。

ウェブサイト  http://kazumaobara.com/
twitter     http://twitter.com/kazumaobara/
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漁師たちのいる町 〜気仙沼レポート5〜
joijgoa
 避難所の人たちとの楽しい時間はあっという間で、いつもならすでに布団の中に入っているという9時をとっくに過ぎて、11時になっていました。避難所の広間は、一時は80人ぐらいがぎゅうぎゅうになって身を寄せ合って暮らしていたのですが、いまは親戚の家にいったり、家に戻ったり、ここで暮らす人は数えるほどに減りました。
 私たちは隣の児童館の一室をかりていたので、そろそろ退散しようかと腰を上げると、「寝場所はたくさんあるから、ここで寝ていけばいいじゃない」とおばちゃんたちが口々に言います。歩いて数メートルの距離に戻るだけなのですが、去りがたくなってしまいました。

 朝食も食べていきなさいね。強く念押しされてしまったのでこちらがごちそうになってしまうのは申し訳ないなと思いながら、翌朝また顔を出しました。コンビニのおにぎり2個と、お味噌汁、ほうれん草のおひたし、練乳パン。そして「笑顔を忘れずに」「あきらめないで」と一つずつ手書きのメッセージが書かれたクッキーがありました。パンやおにぎりは毎日自衛隊の人たちが必要な物資とともに届けてくれます。必要な分だけ、とはいっても足りなくならないように多めに物資は届くようで、日々期限切れが迫ったものを優先して消費していくといった感じです。私たちが避難所についた日にも、これ食べなさい、とその日が賞味期限のおにぎりを20個ほどもらいました。その夜はラーメンとおにぎりを食べたのですが、翌朝もまだ半分近く残っていて、野菜と混ぜてチャーハンに。一、二個食べる分にはいいのですが、さすがに翌朝コンビニのおにぎりをみたときには、贅沢はいえないことは分かっていても、体が拒否反応を起こしていました。都会の若者ならまだしも、目の前に美味しい魚が捕れる海があって美味しいご飯に不自由しなかっただろう人たちがコンビニのご飯を有り難いといって食べているのをみると、とてもいたたまれない気持ちになります。それでも、おかあさんたちが作った温かいお味噌汁が添えられているだけでおにぎりの味は格段美味しく感じられ、おふくろの味が身にしみました。

 仲良くなったおばちゃんたちとおしゃべりしながら食べていると、先に食事を済ませたおばあちゃんが横にやってきて、昨日のご飯がとても美味しかった、ありがとうとわざわざお礼をいいにきてくれました。「昨日ね、私の同級生の遺体がみつかったの」。あとに続いた言葉があまりにも突然でした。脳まで情報が伝達しきらなまま、涙が頬を伝っていました。「ごめんね。せっかくご飯を食べているのに」。おばあさんの目も涙でいっぱいで、それでもとてもうれしそうな顔をしていました。震災から1ヶ月たった今も行方不明者の捜索は続いています。多くの人は海に流されてしまったり、身元が判断できる状態ではなかったり、日が経つにつれ、遺体を見つけることすら難しくなっています。おばあさんはうれしくてこうして私に話してくれたんだと思いました。
 町を見下ろせる場所に机が置いてあって、さっきまで辺りを駆け回っていた子の後ろ姿が窓越しに見えました。何かして遊んでいるのかなと思っていたのですが、その机は亡くなった方の冥福を祈って設けられた献灯台でした。じっと手を合わせていました。無邪気でいるような子供たちも幼な心にいろんなことを感じているのだと思います。

 気仙沼の唐桑地区はマグロ漁で知られる漁師町で、男たちは海にでると1年も2年も家を空けて漁にでます。フィギアスケートを一緒に見ていたおっちゃんも、若い頃はインドネシアを渡り、アフリカの方までいったことがあるといいます。ケープタウンの町に買い出しのために降りたときのことを懐かしそうに話してくれました。船乗りは海をまわっていくのでパスポートはいりません。時たま帰って家にいると、「このおじちゃん、いつ帰るの」と子供たちにいわれたことがあったと、いっていました。景気よかった時代には年収1000万以上。しかもそれが漁業から戻ってきてすぐに現金でもらえるのだというので、にやにやが止まらないと、その時のことを思い出して満面の笑みです。戻ってくると10日も2週間も家族と一緒に温泉地にいって保養にでかけます。漁師同士が立派な家を競うように建て、この辺りは唐桑御殿といわれていたのだそうです。すぐそばの港から船に乗り、世界中の海を駆け巡ってマグロを追いかけていたなんて、なんだか夢のような話です。お母さんが唯一みつかった写真だといって大事そうに数枚の写真を取り出しました。ドラマの撮影があったときに出演者と家の前でとった記念写真で、後ろに本当に立派な家が映っていました。

 今回のような津波は初めてですが、津波自体はこれまでも何度もあったそうです。2年ほど前にもチリ地震があって、そのときの余波がこの地域まで押し寄せてました。海の側にあった作業場などが相当な被害を受けて借金して建て直したばかり。さあやり直ろう、というとき矢先に起こったのが今回の地震です。昨日余震が来たときにも聞こえてきたのですが、海のそばでは地震がくると、ごっーと海鳴りというのか、下から突き上げるような低い音が聞こえてきます。その何秒後かに揺れがやってきます。3月11日も海の側で作業をしていた漁師たちはこの音をきいて、地震がくると悟りました。急いで家に戻って2階にいる両親を担ぎだし、車に押し込み、高台に避難させました。海に戻ると、仲間たちが大声で「船を沖にだせー」と叫んでいます。おじさんの船も港に紐でくくりつけてあったのですが、津波がすぐにやってくるのは分かっていたのでその紐を解いている時間もなく、エンジンをかけて全速力で紐を振り切り船を出しました。波は湾に入るほど勢いを増し、大きくなります。波が迫ってくる中をなんとか乗り越え、沖に出ました。昼間に作業をしていたので暑くて脱いでしまったので来ていたのは上着一枚でした。暗くなって汗も乾いて段々冷えてきます。3月はまだ寒くて、雪も降もっていました。
 6時過ぎて暗くなり、波も落ち着いたころにもう大丈夫かと港に引き上げることにしました。赤い屋根が見え、自分の家が無事だったと安心したのもつかぬ間、ひどい光景が目に入ってきました。波で押し流された家の屋根や物が海まで押し寄せて浮かんでいるのです。無事だと思っていた家も元あった場所から流され、もはや生活ができるような状態ではありませんでした。途中に渦巻きのようなものができていて、頑丈な家もその渦に近づくと、くにゅっとおもちゃのように形を変形させて元の形をとどめないほど木っ端みじんになっていきました。
 港に戻ると、家族たちが沖に向かった父親たちが帰ってくるのを心配して待っていました。一艘、一艘と戻ってくる船を見て、その度にその船の家族は安堵するのですが、一艘だけは海に出たきりもどってきませんでした。おじさんのあとに出た船ですが、出遅れて波に飲まれてしまったようです。そのことは、その家族もわかっていたようで、誰も何もいわなかったといいます。
 
 避難所で、漁師のおじちゃんたちは黙々と食べると、空いた皿を片付け、タバコや新聞を読みにさっさと外に出ていきます。お母さんはお茶を飲んで一息ついたあと、おしゃべりしながら皿を洗ったり、こまごま避難所の中のことをしたり、せわしなく動き回っています。外で一生懸命働き、稼いできた男たち、大きな家と子供たちを守ってきた女性たち。ここでは男性と女性の役割がちゃんと分かれていて、それがうまく分担されているようです。

 名残惜しいけど、そろそろみんなとお別れの時間がきてしまいました。おばちゃんたちが、「朝ばみ」にもってけと、まんじゅうやクッキーをもたせてくれます。あしばみは、朝食べるお菓子だそうです。休憩時間は「たばこする」といって、たばこの時間に朝ばみをたべるのだそうです。外にいたおじちゃんたちもお見送りにきて、「また来いよ」「今度はご飯つくらなくていいから」といって、みんなと固い握手を交わしました。「がんばるんだよ」。みんなの力強い言葉にこちらが励まされながら、唐桑をあとにしました。



虹の種」のブログにもちょこっとレポート書きました。 http://ameblo.jp/nijinotane/
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